第12師団

(通称号:剣兵団)

編成地 編成時期 終戦時の所在地
小倉 明治31年 台湾







旧第12師団司令部の正門

(福岡県北九州市・小倉城本丸跡)




(平成23年9月15日)

旧第12師団司令部の正門・鉄門くろがねもん

旧第十二師団司令部の正門
明治8年(1875)に、歩兵第十四連隊が小倉に設置されました。
同18年(1885)、小倉城松の丸跡に、既設の第十四連隊と福岡の歩兵第二十四連隊を管轄する歩兵第十二旅団本部が開設されました。
ついで、日清戦争後の軍備拡張のため、同31年(1898)小倉、大分、久留米、佐賀の各連隊や下関要塞砲兵連隊をもって第十二師団が生まれ、その司令部庁舎が本丸跡に建てられました。
この煉瓦造の正門は当時のもので、明治32年(1899)6月から第十二師団の軍医部長を務めた森鴎外もこの門を通って登庁しました。
なお、司令部は軍縮により、大正14年(1925)、久留米に移転することになりました。

鉄門跡
藩主及び家老など、ごく限られたものは槻門けやきもんをとおり、鉄門くろがねもんはそれ以外の武士などの登城口でした。
現在、一部復元していますが、中央部目地めじの左側が幕末時の石垣と階段であり、落城時の様相を示すように石垣が火熱ひねつを受けて赤く変化しています。
(当時の階段の幅は約2.1メートルでしたが、防犯上の関係を考慮して幅を2倍に広げています。)
ここからは、鉄製鎧片よろいへん、中国製磁器じき、三階菱文様丸瓦さんがいびしもんようまるがわらなどが出土しています。

北九州市教育委員会

(説明板より)

現在の正門跡
(平成23年9月15日)
往時の師団司令部
(説明板より)



『第十二師団司令部跡』碑

(小倉城・本丸跡)

昭和49年3月10日 有志建之


(平成23年9月15日)

碑文

隷下在倉部隊
  歩兵第十二旅團司令部
  歩兵第十四聯隊
  歩兵第四十七聯隊
  騎兵第十二聯隊
  野砲兵第十二聯隊
  工兵第十二大隊
  輜重兵第十二大隊
  野戦重砲兵第二旅團司令部
  野戦重砲兵第五聯隊
  野戦重砲兵第六聯隊
  小倉聯隊区司令部
明治三十一年四月此の地に司令部を新設
大正十四年五月久留米に移轉す




『野戦重砲兵第二旅團司令部跡』碑

(小倉城・本丸跡)

昭和49年3月10日 有志建之



(平成23年9月15日)




『 歩兵第12旅団司令部跡・小倉連隊区司令部跡』碑
(小倉城・松の丸跡)




(平成23年9月15日)





歩兵第12旅団司令部跡
小倉連隊区司令部跡

(小倉城・松の丸跡)



(平成23年9月15日)


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