第27駆逐隊


第27駆逐隊慰霊碑



第二十七駆逐隊 慰霊碑
有明 夕暮 白露 時雨
(長崎県佐世保市・佐世保東山海軍墓地




(平成20年11月23日)

慰霊之詞

我が有明 夕暮 白露 時雨の4艦は昭和10年より翌年にかけ竣工
第9駆逐隊を編成したが同13年の改編以後第27駆逐隊となった。
支那事変に続き大東亜戦争に従事
開戦初頭は艦艇及び船団の護衛並に対潜哨戒の任に就いたが 有明 夕暮は一時期別行動してインド洋方面作戦に参加した
戦域の拡大に伴い南太平洋海域へ進撃し昭和17年5月珊瑚海々海戦 同年6月ミッドウェー海戦に従事
同年8月ガダルカナル島攻防戦開始されるや「ガ」島への緊急増援の為にラバウル ショートランド基地より敵の攻撃反撃しつつ各艦十数回の緊急輸送を行い 第3次ソロモン海戦その他の海戦にて敢闘した
「ガ」島攻防戦後もソロモン海域及び東部ニューギニア方面への緊急輸送や内地とカロリン諸島並に比島方面等への艦艇船団の護衛にと 時には敵の攻撃により被害をだしながらも果敢なる行動で任務を遂行したが夕暮は同18年7月20日コロンバンガラ輸送作戦中チョイセル島沖に於て有明も同月27日ツルブ輸送作戦中いづれも敵機群と交戦被爆沈没した
白露と時雨はブーゲンビル島沖海戦同19年に入ってビアク島増援作戦に参加敢闘した
同年6月マリアナ諸島周辺への敵進攻の兆に迎撃作戦行動中の白露は同月15日夜敵潜水艦の雷跡回避時護衛中のタンカーと触衝沈没した
時雨はマリアナ沖海戦 比島沖海戦及び輸送作戦にと最後まで勇戦敢闘したが 同20年1月24日マレー半島東岸沖でタンカー護衛中敵潜水艦と交戦雷撃を受け沈没した
斯して就役以来水雷戦隊の精鋭として活躍した我が第27駆逐隊は戦争の終結を待たず 戦火の裡で全艦滅失し此の間 加茂喜代之夕暮 川橋秋史有明 松田九郎白露の各艦長を始め4百数十余名の尊い殉難者を出したのである
大東亜共栄圏樹立の国是を信じ愛国の至情に燃えつつ散華された多くの戦士の鎮魂と勲を後世に伝えるべくこの碑を建立する

英霊よ 安らかに

平成4年9月27日
第27駆逐隊乗員遺族並に戦友有志一同

(碑文より)

第27駆逐隊戦没者慰霊碑

第9駆逐隊として横須賀鎮守府所轄。
昭和13年12月、佐世保鎮守府に転籍し、第27駆逐隊を編成。
昭和14年3月、第5艦隊第5水雷戦隊に編入、支那事変及び仏領インドシナ進駐作戦に参加。
昭和16年4月、第1艦隊第1水雷戦隊に編入。
大東亜戦争開戦後は艦艇及び輸送船団の護衛の任に当り、対潜攻撃に多大な戦果を上げる。
戦域の拡大に伴い南太平洋に進出。
「有明」「夕暮」は暫時別行動となりインド洋機動作戦やポートダーウィン攻撃にも参加。
昭和17年5月、珊瑚海海戦では、敵空母や戦艦を撃沈撃破の功により連合艦隊司令長官より感状を授与される。
6月、ミッドウェー海戦には護衛部隊として参加。
昭和17年7月以降、南太平洋方面の島々に増援部隊を輸送する作戦に従事。
特にガダルカナル島の攻防戦は激しく、ラバウル、ショートランド島とガダルカナル島間のピストン輸送作戦は、各艦10数回に及ぶ。
第3次ソロモン海戦参加後の各艦は、戦況に応じほとんど別行動となり、南太平洋諸島への増強輸送作戦に従事。
昭和18年7月、「夕暮」はコロンバンガラ沖海戦に参加し、7月20日、コロンバンガラ輸送作戦中、チョイセル島沖において、敵機群と交戦、爆撃を受けて沈没。
「有明」も同月27日、ツルブ輸送作戦中、敵機群と交戦、沈没する。
「白露」「時雨」はブーゲンビル島沖海戦に参加。
昭和19年6月、敵の艦艇がマリアナ周辺にも進出、これを迎撃する作戦行動中、6月15日、「白露」は油槽船を護衛中、敵の雷跡を発見、回避行動の際、油槽船に触衝、爆雷の誘爆により沈没。
「時雨」はマリアナ沖海戦、比島沖海戦及び輸送作戦にと最後まで勇戦敢闘したが、昭和20年1月24日、マレー半島東岸沖で油槽船護衛中、敵潜水艦の雷撃を受けて沈没した。
碑は平成4年9月27日建立、四百数十余柱の英霊を祀る

(参考:社団法人 佐世保東山海軍墓地保存会発行 『佐世保東山海軍墓地 墓碑誌』 平成20年第3刷)

 佐世保東山海軍墓地休憩所展示品


【初春型】

昭和5年(1930年)に締結されたロンドン軍縮条約では補助艦も制限され、その保有量が決められた。
そのなかで駆逐艦は基準排水量の上限は1800トン、しかも1500トンを超える駆逐艦は全保有量の16%とされたが、それは「吹雪」型でほぼ使い果たしていた。
日本海軍はこの制限を切り抜けるため、「吹雪」より280トン少ない1400トンの船体に主砲を1門少なくしただけの「初春」型を開発した。
魚雷発射管には新開発の次発装填装置を設けて戦力を増加。
主砲には対空砲撃を可能とした新型砲架を採用。
しかし、同時期に建造された水雷艇「千鳥」型同様に船体に対して兵装が過大で、トップヘビーであることは竣工時に明らかになっており、応急的に舷側にバルジを加えるなどの追加工事を行っている。
そのため本型は6隻で建造打ち切りとなり、設計を改めた「白露」型に移行することになった。
しかし「初春」が竣工した翌年の昭和9年(1934年)に同じ設計思想の「千鳥」型の「友鶴」の転覆事故が起きると、本型に対しても根本的な改造工事が行われることになった。
改善工事は大規模なものとなる。
バルジの撤去、船体側部の水防区画の撤去、後部第3魚雷発射管と装填装置の撤去、前部2番砲を後部に移設、艦橋構造物の小型化、煙突の短縮、残る発射管や機銃台の位置をなるべく低くして、艦底にバラストタンクを設けるなど、重心を低くするための改造により艦容は大きく変貌。
魚雷は9射線から6射線に減少。
速力も3ノット低下した。
第5番艦の「有明」、第6番艦の「夕暮」は建造中にこれらの改造を受けたことから、「初春」型とは別型として分けられることもある。

【要目】(性能改善後)
公試排水量:2061トン
機関出力:4万2000馬力
速力:34ノット
航続力:14ノットで4000海里
乗員数:208名
兵装:12.7cm連装砲×2
    12.7cm単装砲×1
    40mm単装機銃×2
    61cm3連装魚雷発射管×2

【同型艦】
初春(昭和8年9月30日竣工〜昭和19年11月13日戦没)
子日(昭和8年9月30日竣工〜昭和17年7月5日戦没)
若葉(昭和9年10月31日竣工〜昭和19年10月24日戦没)
初霜(昭和9年9月27日竣工〜昭和20年7月30日戦没)
有明(昭和10年3月25日竣工〜昭和18年7月28日戦没)
夕暮(昭和10年3月30日竣工〜昭和18年7月16日戦没)


(参考:『歴史群像2006年2月号別冊付録 帝国海軍艦艇ガイド』)


【白露型】

条約内の大きさで「吹雪」型と同等の戦力の発揮を目論んだ「初春」型が完成してみると、復元性などの基本性能に問題があることがわかったため、急遽設計を改めたのが本型である。
船体の大きさなどは基本的に同じものとされ、「初春」の改善工事による変更を最初から採り入れた形。
減少した魚雷の射線を少しでも確保するため、新たに4連装魚雷発射管が開発されて8射線となる。
この4連装魚雷発射管は、以後の駆逐艦、巡洋艦に搭載されて日本海軍の標準兵器となった。
「吹雪」型から「初春」型にかけて、主砲は対空射撃可能な仰角75度のものが採用されていたが、本型からは重量軽減の目的で最大仰角55度に抑えられ、対空射撃は考慮されなくなった。
機関は「初春」型と同じものが搭載されたため、速力は34ノットにとどまる。

【要目】
公試排水量:1980トン
機関出力:4万2000馬力
速力:34ノット
航続力:18ノットで4000海里
乗員数:226名
兵装:12.7cm連装砲×2
    12.7cm単装砲×1
    40mm単装機銃×2
    61cm4連装魚雷発射管×2

【同型艦】
白露(昭和11年8月20日竣工〜昭和19年6月15日戦没)
時雨(昭和11年9月7日竣工〜昭和20年1月24日戦没)

村雨(昭和12年1月7日竣工〜昭和18年3月5日戦没)
夕立(昭和12年1月7日竣工〜昭和17年11月13日戦没)
春雨(昭和12年8月26日竣工〜昭和19年6月8日戦没)
五月雨(昭和12年1月29日竣工〜昭和19年8月26日戦没)
海風(昭和12年5月31日竣工〜昭和19年2月1日戦没)
山風(昭和12年6月30日竣工〜昭和17年6月23日戦没)
江風(昭和12年4月30日竣工〜昭和18年8月6日戦没)
涼風(昭和12年8月31日竣工〜昭和19年1月25日戦没)

(参考:『歴史群像2006年2月号別冊付録 帝国海軍艦艇ガイド』)


駆逐艦『春雨』と第27駆逐隊

駆逐艦『春雨』は、昭和18年11月30日付で第2艦隊第4水雷戦隊第2駆逐隊から第1艦隊第1水雷戦隊第27駆逐隊所属となった。
この時の僚艦は『白露』『時雨』『五月雨』である。
当時、『春雨』はニューギニア東岸のウエワクで受けた敵潜水艦の雷撃による損傷修理のため浦賀ドックで修理中。
欠落した艦首部に新しい艦首を取り付けるが、被雷前の艦首と異なり、舷窓がなくなり、換気パイプが上甲板に煙管きせるの先のような形で出ていた。
兵装のうち後部単装砲が撤去され、その近くに25ミリ3連装機銃が装備された。
前部の1番連装砲塔と艦橋の間にも連装機銃を増設。
2番煙突両側にあった連装機銃は3連装機銃に換装。
爆雷は、これまで深度30mと60mで炸裂する信管しか装着されていなかったが、30、60、90、120、150mと、5段階に調整可能の信管を付けた爆雷を積みこんだ。
電探でんたん(電波探信儀=レーダー)も艦橋に装備された。
12月、大修理は完了。
昭和19年1月5日、『時雨』と共に特務艦『間宮』を護衛してトラック島を目指して横須賀港を出撃。
10日ほどで無事トラック基地に到着。
この時、実質的に第27駆逐隊に加わったことになる。
1月22日を始めとして数度に亘りトラック入港予定の輸送船を出迎え、輸送船をトラック島へ護送するという任務につく。
2月初旬、艦艇用の重油を基地に補給するため2隻の油槽船がトラックを出発。
『春雨』は、数隻の駆逐艦と共に、この油槽船護衛の任務に就き、タラカンとトラックを往復する。
2月17日、トラック島停泊中、敵機の大空襲を受け緊急出港。
『春雨』は敵のすべての爆弾を回避したが、『時雨』は被弾して黒煙を上げる。
『春雨』は翌朝はやくウルシー環礁内の泊地に到着。
2時間後、僚艦の『時雨』は後部砲塔付近に直撃弾を受けたらしく、惨憺たる姿で入泊してきた。
『春雨』と『時雨』は、その後に入泊してきた水上機母艦『秋津洲あきつしま』から重油の補給を受け、そのまま『秋津洲』を護衛してパラオ諸島のコロール島へ向かう。
『時雨』と『秋津洲』は内地で修理することになり日本に向かう。
3月29日、敵機動部隊が西カロリンに侵入し、パラオに迫ったため、艦艇はコロール湾を出て北西海面に退避。
更に退避を続け、コロール湾にいた連合艦隊と共にフィリピンのダバオに一時入港したのち、マレー半島南方のリンガ泊地に向かう。
リンガ泊地で訓練を重ね、『春雨』を含む連合艦隊は、ボルネオの東北端にあるタウイタウイ島へ向かう。
5月中旬のうち、空母9隻、戦艦7隻、重巡11隻、軽巡2隻、駆逐艦32隻、潜水艦15隻、油槽船10隻がタウイタウイ泊地に集結。
『五月雨』『時雨』『白露』も入泊し、第27駆逐隊の陣容が揃う。
昭和19年5月27日、「あ号作戦」発動。
第27駆逐隊は、第2航空戦隊の空母『龍鳳』をはじめとする3隻の護衛ということになり、航空戦のあとは軽巡『能代』と共に敵艦隊に夜襲をかけることとなり、艦隊主力とサイパン方面へ向かう予定だったが、米軍がビアク島に上陸し、守備隊と激戦中との報が入り急遽任務が変更となる。
『春雨』には白浜大佐が座乗して指揮艦となり、第27駆逐隊の4隻に加えて第19駆逐隊の『敷波』『浦波』の6隻で戦艦『扶桑』を直衛し、「あ号作戦」の索制部隊(囮部隊)としてダバオに向け出発する。
ダバオで第16戦隊の重巡『青葉』と軽巡『鬼怒』と合流。
6月3日、9隻でビアク島の上陸支援部隊を編成しダバオを出撃。
途中、戦艦『扶桑』と重巡『青葉』は囮部隊としての目的を果たしたということで夜中に反転してダバオに引き上げる。
駆逐艦部隊は何も知らずそのまま進撃していたらしく、残る7隻は更に南下を続けニューギニア西端にあるソロンに入港。
『鬼怒』より燃料補給中に敵機動部隊接近の情報が入り緊急出港。
セラム島の西端南側にあるアンボン基地に入港して燃料の補給を受け、8月7日、ソロンの泊地に戻る。
『時雨』(第27駆逐隊)『敷波』『浦波』(第19駆逐隊)の3艦に逆上陸部隊の陸軍将兵が乗り込み、それぞれの艦は上陸用舟艇を1隻ずつワイヤーで曳航することになり、『春雨』『時雨』『白露』(第27駆逐隊)は警戒隊となる。
6月8日午前3時、6隻の駆逐艦はビアク島へ向かって出撃する。
正午ごろ、ビアク島の近くで敵双発機(8機)の空襲を受け、『春雨』が沈没。
残る5隻で逆上陸作戦を敢行すべしの命令が出たため、そのままビアク島へ向かう。
(『春雨』の生存者約100名は『白露』に収容)
夜10時、『五月雨』と『白露』は警戒隊となってビアク島に迫り、湾口に忍び寄って偵察し、『五月雨』が煙幕を展張する。
『白露』の右舷真横に敵艦隊を発見。
彼我の距離は1万メートル以下。
『白露』が魚雷の先制攻撃をしかけたと同時に敵艦隊の砲撃を受ける。
『白露』は煙幕を展開。
『五月雨』『時雨』が応戦して発砲。
6月9日午前3時頃、敵艦隊は深追いをあきらめ引き上げる。(ビアク島の夜戦終了)
『五月雨』は『白露』が敵の斉射を浴び、退避運動中に、いち早く戦場を離脱してハルマヘラ諸島のパジアンに入港。
その後の6月10日に『白露』が入港し、『春雨』の生存者は『五月雨』に移乗。
『五月雨』は彼らをアンボン基地に送り届けるために、パジアンを出港する。
一方、『白露』は輸送隊の『敷波』『浦波』『時雨』を追い、ダバオへ向かう。
この行動ののち、『白露』は6月15日、ミンダナオ島の北東沖で船団護衛の任についているとき、油槽船『清祥丸』と衝突事故を起こして沈没した。
『五月雨』は、その後、8月17日にパラオ諸島水域で座礁し、離礁作業中、8月26日、米潜水艦『バットフィッシュ』の魚雷攻撃を受けて沈没した。

(参考:遠藤昭・原進 著 朝日ソノラマ発行 『駆逐艦戦隊』)

(平成22年8月25日追記)




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