九二式歩兵砲


九二式歩兵砲 平成16年5月7日
【フィリピン共和国ルソン島・バターン半島サマット山頂】

九二式歩兵砲

大正11年に制定された平射砲と曲射砲を一つの砲にできないものかということで、昭和6年から研究開発され、昭和7年に制式化された歩兵と共に行動できる軽火砲です。
車軸をクランクとして上下することで平射も曲射もできる砲でした。
運搬は前輪を付けて馬1頭で曳きますが、歩兵部隊の行動に追随するために砲身や砲架、車輪等を分解して人力で搬送することも出来ました。
通常、歩兵大隊に1〜2門づつ装備されたので『大隊砲』とも呼ばれました。
丸い穴が開いてる鋼板製の車輪はのちに軽量な木製の車輪に変更されました。

データ

口径:70ミリ
発射速度:10発/分
初速:197m/秒
最大射程:2,800m

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【九二式歩兵砲】

これは非常に変わった大砲で、片面8つの丸い穴のあいた車輪の上に、口径7センチの短い砲身が載せられているミニ大砲。
背が低いから撃つとき、射手はひざまずかねばならない。
第一線で使うのだから、立ったりすると、すぐ狙い撃ちされてしまうからだ。
敵機関銃座を一撃のもとに破壊することを目的として設計されたが、十一年式曲射歩兵砲(=迫撃砲)と、十一年式平射(直射)歩兵砲の機能を巧みに組み合わせたものといえる。
一つで迫撃砲(曲射砲)としても使えるし、普通の山砲としても使い得るようデザインされたのが九二式歩兵砲である。
特殊装置によって仰角を二通りに大きく変えるのだ。
しかし、この虫の良いアイディアは失敗し、かえって命中精度を欠く結果となった。
なにしろ台座がグラグラ動くので、最前線ではあたりに落ちている石などを拾い集め、隙間に詰めて固定しなければならなかったという。
また、砲身が異様に短いので、射手と旋回手は1発撃つと、もう耳が聞こえなくなるほどだった。

この九二式歩兵砲は太平洋戦争の終了まで広く使用され、「大隊砲」の名で親しまれた。
なぜなら歩兵1個大隊につき、大隊砲1個小隊(2門)の割でつけられたからである。
大隊砲は馬1頭で曳く。
しかし、砲架、砲身、防楯に分解して3頭の馬の背に載せることもできた。
1門につき10名、分隊長を入れて11名の人数は連隊砲(四一式山砲)と同じで、生産費は連隊砲の6割で済んだ。

九二式歩兵砲は名古屋の豊和工業でも作られた。
同社は明治より豊田式自動織機のメーカーとして知られた会社で、自動車のトヨタとは親戚にあたる。
この会社は、ほかに九四式山砲、八九式重擲弾筒、九八式高射機関砲も製作した。

(参考:木俣滋郎 著 『陸軍兵器発達史』 光人社NF文庫 1999年発行)

(平成29年2月16日 追記)


 (平成22年6月5日)

【ハワイ・陸軍博物館】

Japanese Howitzer,Model 92 (1932)

The Model 92,or Battalion gun,was used by the infantry for both direct fire and high-angle
support fire.Despite its clumsy appearance,it proved to be an effective weapon.

Caliber :70-mm (2.75-inch)
Weight :469 pounds
Maximum horizontal range :3,060 yards
Rate of fire :10 rounds per minute
Projectile weight :8.36 pounds
Ammunition :high explosive,armor-piercing,and smoke

(説明板より)

(説明板より)

旅日記・参照)

(平成27年6月23日・追記)


 平成22年9月13日

【パラオ共和国・ペリリュー島】


【大隊砲】

大隊砲は九二式歩兵砲ともいう。
口径70ミリ、砲身約80センチ、射程2800メートルで平射と曲射の両方ができるものであった。
平射をする場合、砲身が短いので命中率が悪い。
曲射の場合は、敵の頭上から砲弾が落下するので広範囲に破片が飛散し、敵に相当の被害を与えられる。
歩兵砲中隊は大隊砲2門、37ミリ速射砲2門で構成されていた。

(参考:津本 陽 著 『名をこそ惜しめ〜硫黄島 魂の記録〜』 文藝春秋社 2006年12月 第3刷発行)

(平成29年4月4日 追記)




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