九七式艦上攻撃機


 (平成22年6月5日)

【ハワイ・陸軍博物館】 (旅日記参照)

Horizontal Stabilizer section from one of five “Kate”bombers shot down in the raid.

昭和16年12月8日(日本時間)の真珠湾攻撃時に撃墜された空母『加賀』所属の5機のうちの1機の水平尾翼。


【中島九七式艦上攻撃機】

昭和10年、海軍の艦上攻撃機近代化計画(10試艦攻計画)に基いて、中島製作所が開発した海軍最初の全金属製低翼引込脚艦上攻撃機。
各所に独創的なアイディアを盛り込んだ野心作で、当初はエンジンに『栄11型』を予定したが間に合わず、『光3型』を装備して完成。
昭和12年1月、九七式一号艦上攻撃機として制式採用された。
『栄』が完成すると直ちに生産はこれに切り替えられ、昭和14年12月に九七式三号艦上攻撃機として制式採用された。
昭和16年までに約1,250機が生産された。

部隊配備が開始されると、ただちに中国大陸へ派遣されて日華事変に参加。
太平洋戦争緒戦まで縦横無尽に活躍。
特に真珠湾攻撃における大戦果は本機に負うところが大であり、全世界にその名を轟かした。
しかし、ミッドウェイ海戦を境に本機の絶頂期は過ぎ、以後は低速のため被害が大きく、戦果も上がらなくなった。
マリアナ海戦後は急速に第一線を退くが、最後には特攻機として使用された。

全幅:15.518m
全長:10.300m
自重:2,200キロ
発動機:「栄」11型(離昇出力:1,000馬力)×1
最大速度:377キロ/時(高度3,600m)
武装:7.7mm機銃(旋回)×1
    魚雷800kg×1
    爆弾800kg×1または500kg×1、または250kg×2または60kg×6
乗員:3名

(参考:『日本兵器総集(昭和16年〜20年版』 月刊雑誌『丸』別冊 昭和52年11月1日発行 潮書房)

(平成27年6月23日・記)




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