逢沢寛 平成16年10月3日

逢沢寛 あいさわ・かん

明治21年(1888年)5月15日〜昭和57年(1982年)10月25日

岡山県岡山市・岡山県護国神社でお会いしました。


逢沢寛翁之像


逢沢寛翁之像
岡山県護国神社

岡山県知事 加藤武徳書



(平成16年10月3日)

碑文

逢沢寛翁は御津郡宇垣の人、幼にして俊秀、夙に身を建設業界に投じて独立自営、壮にして己に斯界に■脱す
昭和17年衆望を担って衆議院議員に当選、爾来二十有余年に亘って議席を保ち、戦後荒廃せる国土の復興開発に努力せらる
戦時中既に戦歿者の遺徳顕彰に意を用い、戦後遺家族の苦境に当面するや遺族援護の第一線に立つ
26年岡山県遺族連盟会長、29年日本遺族会副会長に就任し、国会における遺家族議員協議会の代表世話人となり、独り県下5万の遺家族のみならず、全国8百万遺家族のために尽瘁し、尊崇を聚む
翁は人格高潔、資性英邁、手腕識見卓抜、よく人心の機微に通ず
37年建設業界に対する功労によって藍綬褒章、更に39年政治的功績によって勲二等に叙し旭日重光章を授与せられ、また41年特命全権大使としてマラ■イ共和国へ派せらる
栄典誠に宜なりと言うべし
今翁の■望を敬慕せる岡山県遺族連盟の人々相謀りこの地に寿像を建て、永遠にその風貌を留めんとし、余に碑文を嘱す
余■ここに辞を撰し翁の盛徳とその偉業を称え千載の後毘にその名を■う

昭和44年11月吉日

岡山県知事 加藤武徳撰

※ ■は判読できなかった文字です。




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