芥川龍之介 あくたがわ・りゅうのすけ

明治25年(1892年)3月1日〜昭和2年(1927年)7月24日


東京都出身。東京帝国大学卒。
乳児期に母親が発狂し、母方の実家で育てられた。
東京帝国大学在学中の大正3年(1914年)に第3次「新思潮」の同人となる。
第4次「新思潮」の創刊号に発表した『鼻』が夏目漱石に絶賛され文壇にデビュー。
初期の作品には『羅生門』『芋粥』『地獄変』『戯作三昧』など古今東西の文献から材料を得て、さまざまなスタイルを工夫した技巧的作品が多い。
その後しだいに現代小説や『歯車』など自己の周辺を描いた作品が増えていった。
肉体や精神の衰弱、トラブル、自分の芸術への自信喪失などが重なり、昭和2年(1927年)に睡眠薬自殺をする。


芥川龍之介生誕の地



芥川龍之介生誕の地
(東京都中央区明石町・聖路加看護大学)





(平成18年2月22日)

芥川龍之介生誕の地

所在地 中央区明石町10・11付近

明治16年(1883)ごろ、この付近(当時の京橋区入船町8丁目1)に「耕牧舎」という乳牛の牧場がありました。
作家芥川龍之介(1892〜1927)は、明治25年3月1日、その経営者新原敏三の長男として、ここに生れました。
龍之介は誕生後7ヶ月にして、家庭の事情から母の長兄芥川道章に引き取られて、本所区小泉町(現、墨田区両国3丁目)に移り、12歳の時、芥川家の養子になりました。
東京帝国大学在学中から文筆に親しみ、夏目漱石の門に入り、『地獄変』、『羅生門』、『河童』、『或阿保の一生』など、多くの名作を遺しましたが、昭和2年7月24日、35歳で自害しています。

平成8年3月
中央区教育委員会

(説明板より)


若きカフカ人



中原悌二郎「若きカフカ人」
(長野県長野市・長野市立博物館)





(平成20年10月27日)

碑文

長野市野外彫刻特別記念作品
中原悌二郎「若きカフカ人」(1919)
1981年9月

「若きカフカ人」の印象
誰かこの中原悌二郎氏のブロンズの「若者」に惚れるものはゐないか?
この「若者」は未だに生きてゐるぞ
芥川龍之介

寄贈
善光寺仏教青年会
社団法人 長野青年会議所



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