在原業平 ありわらのなりひら

天長2年(825年)〜元慶4年5月28日(880年7月9日)


六歌仙・三十六歌仙の一人。
平城へいぜい天皇の皇子阿保あぼ親王の子。
母は桓武天皇の皇女伊都いと内親王。
五男で右近衛権中将なので在五ざいご中将と呼ばれた。
天長3年(826年)在原の姓を賜った。
『三代実録』の伝に、美男で気まま、学才はないが、和歌を得意としたという。
『古今集』仮名序に「在原業平は、その心あまりてことばたらず」と評されたように、情熱あふれる秀歌が多く、技法的にも古今歌風の先駆をなす。
『古今集』に30首入集。
『伊勢物語』は業平の歌に物語を付したもので、主人公を業平と同一視する後世の見方は誤りである。


在原業平邸跡



『在原業平邸跡』の碑

(京都市中京区御池通間之町東南角・吉忠ビル脇)





(平成19年3月16日)
在原業平邸跡



在原業平邸跡

(京都市中京区御池通間之町東南角・吉忠ビル)





(平成19年3月16日)



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