浅井忠像 平成18年8月31日

浅井忠 あさい・ちゅう

安政3年6月21日(1856年7月22日)〜明治40年(1907年)12月16日

千葉県佐倉市・佐倉市立美術館でお会いしました。


江戸の佐倉藩邸に生まれる。
号は黙語もくご
国沢新九郎に師事し、更に新設の工部美術学校に入学してフォンタネージの指導を受ける。
明治美術会を創立、中心作家として「春畝しゅんぽ」「収穫」など明治洋画の代表的作品を発表し、東京美術学校教授となる。
明治33年(1900年)フランスに留学。
帰国後京都に移り、京都高等工芸学校教授・関西美術院初代院長を務めるなど、関西洋画壇の指導者として活躍した。
門下生には安井曾太郎、梅原龍三郎らがいる。


浅井忠 像


浅井忠 像


1979年 大須賀 力 作




(平成18年8月31日)

浅井忠

佐倉藩士の子として生まれ、8歳の時から約10年間、現在の佐倉市将門町で過ごしました。
日本初の本格的な西洋美術の教育を行った工部美術学校で学び、明治洋画壇をリードする存在となりました。

(説明板より)

浅井忠 (説明板より)

佐倉市立美術館



佐倉市立美術館

(千葉県佐倉市新町210)


開館時間:午前10時〜午後6時(入館は午後5時30分まで)
休館日:月曜日(祝日にあたるときは、その翌日)、年末年始
入館料:無料




(平成18年8月31日)



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