ビルマ方面戦没者慰霊








ビルマ方面戦没英霊納骨塔パゴダ
(和歌山県伊都郡高野町・高野山奥の院)







(平成21年4月9日)

納骨塔建立由来記

曩の第二次世界大戦では ビルマ方面の戦場に於いて18万余の生命が失われ その遺体の多くは心ならずも戦野に取残された。
これらの遺骨を収めてその霊を慰め且つ人類の叡智に背く戦争を永遠に抑止することは生き残った我等とその子孫の使命であると信ずる。
夙に前官大僧正上田天端師は、戦没者慰霊のため戦後13年の歳月を費やして高野山に摩尼宝塔を建立し、毎朝英霊の護摩供養を厳修された。
昭和31年には宗教界を代表してビルマ国への遺骨収集団に参加され 同34年その御分骨の下付を受けられた。
更にその御分骨の永代奉安のため 納骨塔建立を発願されたが志半ばにして同49年8月遷化されたことは真に痛惜の極みである。
昭和50年より同53年の間 9度に亘り日本政府派遣遺骨収集団がビルマ、インド、タイの各地へ派遣され、収集された御分骨が摩尼宝塔に合祀された。
茲に於いて当奉賛会は、故上田天端大僧正の納骨塔建立の御意志を継承された仲下端法師の悲願に応え、関係遺族、戦友会及当時の在ビルマ民間団体その他広く一般に呼びかけて有志の寄進を仰ぎ戦争犠牲者を慰霊すると共に、世界の平和を強く祈念し此処にビルマのパゴダ形式の納骨塔を建立した次第である。

  南無釈迦牟尼如来 大恩教主
  南無戦没英霊    代受苦菩薩
                         合掌 

昭和55年7月吉祥日
高野山摩尼宝塔奉賛会

(碑文より)




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