独立混成歩兵第1連隊

(通称号:剛4819部隊)


岩上大隊の慰霊碑

独立混成歩兵第1連隊第2大隊

「鎮魂 岩上大隊ここに眠る」の碑

(茨城県水戸市・護国神社)




(平成16年1月12日)

碑文

昭和18年11月茨城健児八百有余名は動員下令により応召、宇都宮歩兵第66連隊に集合、独立混成歩兵第1連隊(剛4819部隊)第2大隊(岩上部隊)を編成
同年12月横須賀港より戦艦大和に便乗、トラック島に寄港し巡洋艦大淀、能代にて19年1月1日、ニューアイルランド島カビエンに上陸せるも、同年1月25日アドミラルティ諸島ロスネグロス島に増派を命ぜられ守備につく。
同年2月29日、米豪連合軍は艦砲射撃と機銃掃射による絨毯攻撃を繰返しながら、同日未明ハイン湾に上陸し来る。
依って我が方は連日連夜反撃を加え、夜襲を決行撃退を図りしが効を奏せず
3月3日夜襲による総攻撃を敢行せるも、如何せん十数倍の兵力と物量戦には敵し難く
部隊長以下多数の戦死者を出し、壊滅的打撃を受け玉砕を遂げたり。
かろうじて生存せる者、マヌス本島に転進せるが食糧全く尽き、木の実、草の芽、その他ヘビ、トカゲに至るまで全てを食しながら遂にマラリヤ、アミーバ赤痢等病魔に侵され全滅せり、時に昭和19年5月31日なり
されどその後になり16名の九死に一生を得た者判明しその方々と相謀り昭和56年5月マヌス遺族会を結成し昭和57年10月現地マヌス島に赴き懇ろな慰霊祭を行った。
その時抱き帰りし現地の霊砂と、故人の愛用せる遺品等を此の地に埋葬し、永遠に今は亡き戦没者のご冥福をお祈りし、併せて二度と戦争を繰返しまじきことを誓うものである。
願わくば在天の諸霊安らかに眠られんことを。合掌

平成元年5月吉日(西暦1989年)建之
岩上大隊遺族マヌス会


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