独立山砲兵第2連隊

(通称号:呂5510部隊)

編成地 編成時期 終戦時の上級部隊 終戦時の所在地
岡山 第1次:大正6年 第11軍 南支
久留米 第2次:昭和12年

大正6年、岡山で編成。
大正軍縮で廃止となる。

支那事変で復活。
昭和12年10月動員、2個大隊、四一式山砲24門、約2500名、馬匹約1800馬。
昭和12年11月5日、杭州湾敵前上陸作戦に参加。
第6師団に配属され杭州攻略に従軍し、引き続き南京攻略戦に参加した。
南京攻略戦では、上陸が遅れた分を取り戻すため、連隊・大隊各本部から10名ずつを選び、中隊は砲2門、弾薬100発を基準として挺身隊を編成し、昼夜兼行で第一線部隊を追及。
12月9日の将軍山の攻撃にようやく参加できた。
昭和13年、武漢攻略戦に参加し、田家鎮を攻撃。
昭和14年、南昌作戦に参加。
その後、南支に転じて翁英、南寧作戦に参加。
昭和15年4月、中支に転じて武漢地区を警備。
昭和15年5月、宜昌作戦で第39師団に配属され、対砲兵戦では敵野砲6門を破壊する戦果を挙げる。
昭和17年、浙かん作戦に参加。
昭和19年、湘桂作戦に参加。
昭和20年4月の「し江作戦」では中隊2門の縮小編成で参加、爾後、宝慶に集結し南支で終戦を迎えた。


慰霊の塔


慰霊之塔
(福岡県久留米市・陸自久留米駐屯地)

昭和43年4月
久留米独立山砲会有志建之



(平成20年11月20日)
浙かん作戦写真


独立山砲兵第2連隊 第3中隊第1分隊
浙かん作戦(昭和17年8月)

(陸自久留米駐屯地資料館展示写真)




(平成20年11月20日)
展示資料



独立山砲兵部隊関係展示品
(福岡県久留米市・陸自久留米駐屯地資料館)





(平成20年11月20日)
広報資料館



陸上自衛隊 久留米駐屯地
広報資料館(歴史資料館)

(福岡県久留米市国分町100)

歩兵第48連隊本部営舎


(平成20年11月20日)

久留米駐屯地広報資料館

本広報資料館は明治・大正・昭和に至る旧軍郷土部隊、特に第12師団、第18師団(菊兵団)、第56師団(龍兵団)等の貴重な資料や自衛隊関係資料等、約2000点を展示しています。
尚、資料館は明治30年(1897年)に建築された旧軍歩兵第48連隊の本部営舎(2階部)を使用しています。

開館時間:午前8時から午後5時
休館日:土・日・祭日

(リーフレットより)

久留米駐屯地



陸上自衛隊久留米駐屯地
(福岡県久留米市国分町100)





(平成20年11月20日)

《駐屯地の紹介》

昭和27年3月から警察予備隊の一部が当駐屯地に移駐し、同年12月その主力の特科64連隊が長崎県針尾より移駐して久留米駐屯地となった。
その後、昭和29年6月から第4特科連隊と改称され、平成2年3月第4高射特科大隊が第4特科連隊より師団直轄へ改編された。
また、平成15年3月師団改編により、第4後方支援連隊第2整備大隊の特科直接支援中隊及び高射直接支援隊が新編され現在に至る。
なお、佐賀県、福岡県筑後地区(筑後川以南)を担当隊区としております。

(リーフレットより)




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