藤井高尚 ふじい・たかなお

宝暦13年(1764年)〜天保11年8月15日(1840年9月10日)


備中国宮内の吉備津宮社家の子。
歌学を父高久や栂井とがのい一室に、和漢の学を小寺清先に学び、京都に出て橋本経亮つねあきららと交わり、のち本居宣長に入門。
宣長没後も関西の本居派の中心として活躍し、京都の鐸屋ぬでのやにおいて講義も行なった。
主著「三のしるべ」には儒・仏を神道をたすけるものとする、三教一致論的立場が示される。


頌徳碑



頌徳碑
(岡山県岡山市吉備津・吉備津神社駐車場脇)




(平成16年10月2日)

藤井高尚大人の頌徳碑

贈正五位藤井高尚先生は江戸時代後期の偉大な国学者である。
明和元年(1763)吉備津宮の代々の社家頭の家に生まれ、のち本居宣長に入門、その高弟となった。
中国を初め京坂、四国に多くの門人を作り松屋社と称した。
王朝文学を専攻し、古今集新釈、伊勢物語新釈、松の落葉、松屋文集など30巻以上の著書をつくった。
天保12年(1841)77才をもって卒した。
大人歿後百年に当り、昭和15年7月、有志この碑を建ててその徳を頌した。

(説明板より)




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