浜野弥四郎像 平成21年11月8日

浜野弥四郎 はまの・やしろう

明治2年(1869年)〜昭和7年(1932年)

岩手県奥州市水沢区・後藤新平記念館でお会いしました。


浜野弥四郎像



浜野弥四郎像
(岩手県奥州市水沢区・後藤新平記念館)





(平成21年11月8日)

技師 浜野弥四郎 (明治2年生 昭和7年歿)

浜野弥四郎は千葉縣佐倉人である。
明治29年7月、帝国大学工科大学土木工学科を卒業すると共に恩師バルトンに従い台湾に渡り、総督府に奉職した。
爾来、大正8年4月に辞職するまでの23載を通じ、都市の醫師として、同地の衛生施設の計畫と建設に尽力した。
就中、台南水道の策計は最も心血を注いだ事業で、十一星霜の歳月を経て完成された。
ここに至って瘴癘の地は楽土と化し、台湾の近代化はその礎が築かれたのである。
台南が事業発祥の地である奇美文化基金会は、技師の偉業を称え、創業者許文龍自らの手によって、創作された粘土原型から鋳造した銅像を贈呈し、併せて技師の偉業を誌す。

奇美文化基金会
2008年6月吉日

(説明板より)

後藤新平記念館



後藤新平記念館
(岩手県奥州市水沢区大手町4−1)





(平成21年11月8日)



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