平成15年5月25日

鳩山春子 はとやま・はるこ

文久元年3月23日(1861年5月2日)〜昭和13年(1938年)7月12日

東京都文京区音羽・鳩山会館でお会いしました。


文久元年(1861年)信州松本藩士の渡辺努の五女として松本で生れました。
明治になって渡辺から多賀に改姓します。旧姓は多賀春子といいました。
明治14年(1881年)20歳のときに鳩山和夫と結婚。
明治17年から母校の東京女子師範で教鞭を取ります。
明治19年、宮川保全らと共立女子職業学校(現・共立女子学園)の設立に参画し、大正11年(62歳)に第6代校長となりました。
長男の一郎は首相、次男の秀男は東京大学教授となります。
昭和13年、78歳で永眠しました。


鳩山会館 鳩山会館
鳩山会館の庭に、ご主人の鳩山和夫と一緒におられました。 鳩山和夫・春子夫妻の像

共立女子大

共立女子大の前身である共立職業学校は、鳩山春子を含めた34名の創立者によって設立された。
「共立」という名称は”共同で設立”したことからきているという。

参考:『歴史街道 2001年5月号』

(平成18年2月17日)


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