駆逐艦 初霜 はつしも


初霜慰霊碑



初霜慰霊碑
(長崎県佐世保市・佐世保東山海軍墓地





(平成20年11月23日)

碑文

駆逐艦初霜は昭和9年9月27日浦賀造船所にて竣工、直ちに聯合艦隊に編入就役す。
昭和16年12月第1艦隊、第1水雷戦隊、第21駆逐隊に属し、同年12月8日太平洋戦争勃発するや、南にマカッサル、バリ島の攻略作戦に参加し、続いて北にアッツ、キスカの攻略撤収作戦に勇戦す。
更には艦艇、船団護衛の任を帯び南海に走駆し、その大任を全うせしこと再度ならず。
いよいよ戦局急を告ぐるや、昭和19年6月マリアナ沖海戦、レイテ島作戦に参加し、その武勲赫々たり。
就中昭和20年4月6日戦艦大和を基幹として第2艦隊、第2水雷戦隊として、沖縄洋上特攻作戦に決然として出撃し、その眞価を発揮するも、戦運われに利あらず、大和他沈没損傷し、雄図空しく佐世保に回航す。
その後第17駆逐隊に編入され、宮津湾にて港湾警備に従事中、同年7月30日米軍機の来襲をうけ、対空戦斗中触雷、艦体切断し、獅子ヶ崎に擱座す。
あに歴史変転の悲運の命と云んや。
ゆめ予測だにせざりし終戦を目前にして、歴戦の武運を誇りし初霜の雄姿は無残に潰え、さらに幾多戦友の屍を重ねたるは、誠に痛恨の極みである。
茲に駆逐艦初霜の栄光を後世に伝え、且つは亡き戦友の英魂の冥福を祈り、今世のわれら戦友一同の安心立命の定礎として、謹んでこの碑を建立する。

昭和58年10月8日
駆逐艦初霜戦友会一同

駆逐艦初霜慰霊之碑

一等駆逐艦
「初春」型
昭和9年9月27日浦賀船渠で竣工
同日付で佐世保を本籍とした

初霜は第21駆逐隊の一艦として、「若葉」と行動を共にしていたが、昭和19年10月24日スルー海で空襲を受けた際、「若葉」は沈没し、「初霜」も直撃弾1発を受けて損傷した。
しかし、航行に支障なく、レイテ突入を断念してマニラに回航した。
昭和20年4月7日の沖縄海上特攻には大和の直衛艦として参加。
「初霜」は奇跡的にも損傷を受けず、戦死者も出さず、8日午前10時、佐世保に入港した。
沖縄から帰投後、舞鶴に回航。
宮津湾において、7月30日、対空戦闘回避運動中に敵が敷設した機雷原に進入し、2度にわたって触雷し、大破着底した。
碑は昭和58年10月8日に建立。
在役中の戦没者26名を祀る。

(参考:社団法人 佐世保東山海軍墓地保存会発行 『佐世保東山海軍墓地 墓碑誌』 平成20年第3刷)


【初春型】

昭和5年(1930年)に締結されたロンドン軍縮条約では補助艦も制限され、その保有量が決められた。
そのなかで駆逐艦は基準排水量の上限は1800トン、しかも1500トンを超える駆逐艦は全保有量の16%とされたが、それは「吹雪」型でほぼ使い果たしていた。
日本海軍はこの制限を切り抜けるため、「吹雪」より280トン少ない1400トンの船体に主砲を1門少なくしただけの「初春」型を開発した。
魚雷発射管には新開発の次発装填装置を設けて戦力を増加。
主砲には対空砲撃を可能とした新型砲架を採用。
しかし、同時期に建造された水雷艇「千鳥」型同様に船体に対して兵装が過大で、トップヘビーであることは竣工時に明らかになっており、応急的に舷側にバルジを加えるなどの追加工事を行っている。
そのため本型は6隻で建造打ち切りとなり、設計を改めた「白露」型に移行することになった。
しかし「初春」が竣工した翌年の昭和9年(1934年)に同じ設計思想の「千鳥」型の「友鶴」の転覆事故が起きると、本型に対しても根本的な改造工事が行われることになった。
改善工事は大規模なものとなる。
バルジの撤去、船体側部の水防区画の撤去、後部第3魚雷発射管と装填装置の撤去、前部2番砲を後部に移設、艦橋構造物の小型化、煙突の短縮、残る発射管や機銃台の位置をなるべく低くして、艦底にバラストタンクを設けるなど、重心を低くするための改造により艦容は大きく変貌。
魚雷は9射線から6射線に減少。
速力も3ノット低下した。
第5番艦の「有明」、第6番艦の「夕暮」は建造中にこれらの改造を受けたことから、「初春」型とは別型として分けられることもある。

【要目】(性能改善後)
公試排水量:2061トン
機関出力:4万2000馬力
速力:34ノット
航続力:14ノットで4000海里
乗員数:208名
兵装:12.7cm連装砲×2
    12.7cm単装砲×1
    40mm単装機銃×2
    61cm3連装魚雷発射管×2

【同型艦】
初春(昭和8年9月30日竣工〜昭和19年11月13日戦没)
子日(昭和8年9月30日竣工〜昭和17年7月5日戦没)
若葉(昭和9年10月31日竣工〜昭和19年10月24日戦没)
初霜(昭和9年9月27日竣工〜昭和20年7月30日戦没)
有明(昭和10年3月25日竣工〜昭和18年7月28日戦没)
夕暮(昭和10年3月30日竣工〜昭和18年7月16日戦没)

(参考:『歴史群像2006年2月号別冊付録 帝国海軍艦艇ガイド』)




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