3.ドライブ!

(ハロナ・ブロウ・ホール、ベローズ・フィールド、パンチボウル等)


現地時間:平成21年(2009年)12月6日

朝、市内観光に向かう橋本さんを見送る。
“ミホさん”が我々の為に市内観光を手配したと言っていたので、ガイドが来るのかと思ったら・・・
なんと!ツアーである!(笑)
見知らぬ客が何人も乗っているワゴン車が迎えに来たのである。
いわゆる「オプショナル・ツアー」だったのである。
これには大笑い。
“ミホさん”は流ちょうな日本語を話す日系人だが、やっぱり言葉が足りない・・・・
というか、少し恰好を付けたんだろう。
「あなたたちの為に市内観光のガイドを用意した」と言っていたが、ツアーに申し込んでいただけである。(笑)
橋本さんはこのワゴン車に乗り込み・・・・・見知らぬ方々と一緒に(笑)アリゾナ記念館等、真珠湾方面へ観光に出かけた。

部屋に戻り、チャールズさんが迎えに来るまで待っていると、“ミホさん”から電話が入った。
「ハシモトさんは?」
「もう、ツアーに参加して出かけましたけど・・・・」
「なんで、あんたは部屋にいるんだ?」
「私は、既に頼んである別の人と会うので部屋にいるんですけど・・・」
「なに?あんたの分も頼んであったのにキャンセルしたのか?あ〜そう、二手に分かれたわけだ。日本人らしいやり方だねぇ〜」と言う。
そう言われてもねぇ〜
ダブルブッキングして、どちらも断れなくなっちゃったんだから仕方がないでしょ。(笑)
どうも“ミホさん”は、我々がちゃんとツアーに参加したかどうか確認の電話をしてきたらしい。(笑)

まもなく、チャールズさんが迎えに来てくれて、彼の運転する車でドライブに出かける。
もちろん彼とは初対面であるが、彼は流ちょうな日本語を話す。
車中で延々と英会話となるのではないかと心配したが・・・・助かった。(笑)
彼は昔、英会話学校の講師をしていて日本に住んでいたという。
だから日本語がペラペラなのだ。
うやましい限りである。
このくらい私も英語が話せたらなぁ〜と思うが・・・・無理か・・・(笑)
彼の父親は海軍で、水中爆破の特殊部隊にいたという。
この部隊は敵前上陸する前に、上陸予定海岸の水中に仕掛けられている爆発物を取り除くのが任務だったと思う。
そういう話をしたら、「親父の部隊のことを知っているのか!」と喜んでくれて話が弾んだ。
彼は軍隊に入った経験はないそうだが、子供の頃から潜水艦に興味があったので、現在はボウフィンという潜水艦博物館のパートの職員をしているという。

コーコークレーター 正面に見えるのが、たぶん「コーコークレーター」と呼ばれる山だと思う
ハロナ・ブロウ・ホールの駐車場から見た景色
この入り江で海水浴を楽しんでいる人たちがいた。(笑)
ハロナ・ブロウ・ホールの沖を見る。
この沖に「長井機」が墜落したというのだが・・・・どうだろうか?
ハロナ・ブロウ・ホール
ちょうど潮が吹き上がったところ・・・
このように潮が吹き上がるので「ブロウ・ホール」という。
この場所は、この「潮吹き」を見るだけなのだが・・・
結構、観光客が来ていた。(笑)
ハロナ・ブロウ・ホールの展望場所から見た景色。
向こうに見える砂浜は「コーコーヘッドパーク」と呼ばれている場所ではなかろうか?

続いて向かったのが、「ベローズ・フィールド」・・・・・
現在は使われていないようだが、軍の基地である。
時々、海兵隊の訓練などに使われているらしい。
この敷地内の海岸に、真珠湾攻撃に参加した特殊潜航艇が1隻打ち上げられた。
操縦不能になって打ち上げられたらしいが、その時に捕虜となったのが酒巻少尉。
「捕虜第1号」で有名である。
その海岸に行きたかったのだが、ゲートの警備員に断られた。
許可証がなければ立ち入り禁止だそうだ・・・・そりゃ、そうだ。(笑)
ゲートの手前の近くの海岸から、「酒巻艇」が打ち上げられた海岸を見ることにする。

話によると、はるか向こうに見える岬のところにある海岸だというのだが・・・・

向こうに見える砂浜が座礁地点か?

しかし、現在位置から反対側を見てみると・・・・こういう景色・・・・
それを当時の記録写真と比較すると・・・・こうなる・・・・

後ろに写っている地形や島を比較すると・・・・
偶然にも、今、私が立っている場所が“酒巻艇座礁地点”でも、おかしくはない気がするのだが・・・・向こうじゃなくて・・・・
どこかに「日本海軍の特殊潜航艇の座礁地点」という碑が建っていないかなぁ〜(笑)

ここの海岸は綺麗だし、ほとんど誰もいない。(老夫婦1組が日光浴をしていただけだった)
混雑しているワイキキのビーチで日光浴をするくらいなら、ここで日光浴をした方がいいような気がするなぁ〜
いや・・・誰もいなくて寂しいか・・・(笑)

続いて今度は、海岸沿いから内陸部へ向かい、「ヌアヌ・パリ展望台」へ行く。
途中、いやはや絶景が見えた!
ハワイの山って、こんなに切り立っているのか?
ノコギリの歯のように切り立って見える山・・・・いやぁ〜凄い!
車内から撮影する!

「ヌアヌ・パリ展望台」というのは、コオラウ山脈の中腹にあって、カメハメハ大王がハワイ統一戦争をした時の激戦地なのだそうだ。
ハワイの中で昔、戦争があったなんて知らなかった。
へぇ〜・・・である。
ここの展望台には観光客が結構来ていて大混雑・・・・
どうも韓国人の団体とぶつかってしまったようである。
相変わらず・・・うるさい・・・・(笑)

BATTLE OF NU’UANU PALI
Uniting the Islands
In the late 1700s,KamehamehaT,from the island
of Hawai’i,sought to unite all the Hawaiian
Islands under one rule.The battle for O’ahu
began with the arrival of his forces at Waikiki in
1795

O’ahu had been defeated by Maui forces a decade
earlier and Maui’s Chief Kalanikupule now led
the forces on O’ahu.After many hard−fought
battles,he was driven up Nu’uanu Valley to this
location.Both sides fought waith Hawaiian spears
and Western firearms but Kamehameha’s cannon
gave him the winning advantage.

The battle,called Kaleleka’anae(leaping of the
’anae fish),refers to the men forced off the cliff
during the battle.An estimated 400 warriors died
in this battle.With Kamehameha’s victory on
O’hau and the signing of an agreement with
Kaua’i,he became the first king of the Hawaiian
Islands.  
(説明版より)
「ヌアヌ・パリ展望台」から見た景色

ここから市内に戻る事にする。
途中、ふと思い出したのだが・・・
ハワイのどこかに日本海軍関係の慰霊碑があると聞いたことがある。
で・・・日本人墓地にも立ち寄ってもらったのだが、残念ながら、日本人移民の墓がほとんどで、海軍の慰霊碑らしきものは見つけられなかった。

つづいて、「パンチボウル」に向かう。
ここは米軍の記念墓地である。
なんで「パンチボウル」って言うのかと尋ねたらフルーツポンチを入れる器の形をしているからなのだそうだ。
火山の火口の凹んだような所にあるから、そういう形から名付けられたらしい。
ここの展望台からホノルルの町を見る。

展望台から見た景色
市内のレストランで昼食

このあと、どうしても行きたいところがある。
「陸軍博物館」!(笑)
ここには、是非!
ということで・・・連れて行ってもらったのだが・・・・
なんと!
博物館は休館!
ギョェ〜!残念無念!!(涙)
博物館前には、日本陸軍の九五式軽戦車一式速射砲が展示されていた。
この写真だけを撮影して・・・終わり!(涙)
それにしても、この戦車、どこから持ってきたんだろう?
それが知りたいなぁ〜・・・・戦車師団戦友会の事務局長としては・・・・(笑)

陸軍博物館

今日のドライブは、ここで終了。
チャールズさんには大変お世話になった。
時間があったら是非ボウフィン博物館にも来てくれとのこと。
後日、訪問する約束をして別れる

今晩は、日系部隊の従軍者“ミホさん”が夕食にご招待してくださった。
ホテルに迎えに来ると言うので、待っていたが・・・・なかなか来ない・・・(笑)
しばらくのちに、ようやく到着・・・・
どうもホテルに向かう時に道を1本間違えてしまったらしい。
で・・・なかなかホテルに到着しなかったのだとか・・・(笑)

氏のお歳は86歳と伺っていたので、当然、家族のだれかが運転して来ると思っていたら・・・
なんと、ご自身が運転・・・・
これが、凄い。
ウィンカーをあげずに車線変更をするのである!
夜間だというのに・・・・
危ねぇ、危ねぇ・・・
寿命が縮まる思いである。

「おいしいステーキをごちそうしますから!日本じゃなかなか食べられないステーキです!」とのこと。(笑)
「で・・・ところで、あなたも86歳ですか?」と尋ねられたのには苦笑。
なんで・・私のことを86歳だと思うんだ?(笑)

で・・・連れて行ってもらったのが、どこかのショッピングセンター。
この中に、そのステーキ屋さんがあるというのだが・・・それが、ない!
どこにも店がない!
ちょうど通りがかった家族連れに“ミホさん”が声をかけたが、どうも話が通じない様子。
ご老人の英語っていうのは聞きづらいらしい。
これは日本でも同じ。
話が“見えない”ので、私が下手な英語で彼らに尋ねたら・・・・通じた!(笑)
で・・・これを日本語で“ミホさん”に伝える。
これ・・・どう考えてもおかしい・・・(笑)
日本人が英語で話して、日系アメリカ人に日本語で伝えるという“通訳”って・・・どう考えてもおかしい。(笑)
彼らの話によると、そのお店というのは今年の1月頃に潰れたという。
しかし“ミホさん”は納得しない。
「昨日の新聞に割引券の広告が入っていたんだから潰れているはずはない!」と言うのだ。(笑)
しかし、ないものはない。
お店があるという場所は、ガランとしていて何もないんだから・・・・(笑)

もしかして場所が違うんじゃないかと尋ねた相手に言われ、隣のショッピングセンターに行くが・・・・
ここにも・・・ない!(笑)
センター内に本屋があったので、この本屋に入り、助けてもらう。(笑)
店主が何やら電話帳を引っ張り出して、電話で何か言っている。
私は店内にあった戦記本を見ていて話の内容は聞いていなかったが・・・
かなりの時間後、ようやく我々が行くべき場所が決まったらしい。(笑)

そこまで、またもや車で移動・・・・
我々は一体どこに連れて行かれるのか・・・いったい、ここはどこなのか・・・さっぱりわからなくなってしまった。

入ったお店はかなりの高級店である。
「さぁ〜好きなの食べて!」と“ミホさん”

夕食 夕食!

我々は「小さめ」のステーキを頼んだのだが・・・・
橋本さんの所に出てきたステーキは・・・・デカイ!
これが「小さめ」というのなら「普通の大きさ」のステーキはどんな大きさなのかと大笑い。
歓談しながらお食事・・・・
「明日の予定はどうなっているの?」と“ミホさん”
「明日は真珠湾の開戦記念式典に出る予定なんですけど・・・・」
「え?あれに出るの?やめた方がいいと思うよ。あんたら日本人なんだから、嫌な思いをするよ」とのこと。
我々は、出たくて出るんじゃないんだけど・・・・
吉田さんが勝手に手配すると言い出し、橋本さんが「ありがとうございます」と受けちゃったわけで・・・
そういうことになっちゃったので、行くことになっただけの話で・・・・(笑)

支払いの段になって、“ミホさん”が払うと言ってきかない。
こちらとしては、夕食の場所にご案内していただけただけでも感謝なのだから、食事代はこちらが持ちたいのだが・・・
結局、“ミホさん”にごちそうになる。
で・・・
「参考までにちょっと請求書を見せてください」と言って、見せてもらったら・・・
ありゃりゃ・・・我々は一人1万円分くらい飲み食いしている!(笑)
しかも、橋本さんのステーキは「小さめ」ではなく「普通の大きさ」のステーキ!
大きいだけに、ちょっと値が高い。
橋本さんは自分で英語で注文したのだが、どうもその英語が間違っていたようだ。(笑)
食べきれずに残った肉などは「お持ち帰り」にしてもらい、ホテルまで送っていただき“ミホさん”とお別れ。

いやぁ〜なんだかんだとお世話になってしまった。
御馳走にまでなって、申し訳なし。
ちょっと強引な人だが、心根のいい「おじいちゃん」であった。
これで、一応、義理は果たした・・・・


   


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