6.博物館めぐり

(ボウフィン博物館・太平洋航空博物館)


現地時間:平成21年(2009年)12月8日

今日は、私の大好きな「博物館めぐり」をする。

最初は、海軍基地のすぐ近くにある「ボウフィン博物館」へ行く。
この間、車で島内観光をしてくれたチャールズさんに昨日電話を入れ、見学に行く旨を伝えてある。
橋本さんはチャールズさんとは会っていない。
当初、チャールズさんに案内をお願いしたのは橋本さんだから、会わずに日本に帰るわけにはいくまい?
で・・・何に乗って行こうか?
伝えておいた時間に間に合わないと失礼になる。
バスで行くのが安いには決まっているが、ここはタクシーで行こう!
橋本さんはバスで安く行きたいらしいが、フロントに相談したら、バスでは約束した時間には間に合わないとのこと。
タクシーなら間に合うということで、今回は私の言い分を聞いてもらいタクシーにする。

で・・・ベルボーイに頼めばタクシーを呼んでくれるというので、ベルボーイに頼んだら・・・・
どこかへ電話をして、「はい、タクシーの運転手です。どうぞ」と受話器を渡してきた。
はぁ?
なんで私が自分で交渉しなくちゃならないの?(笑)

運転手は隣のホテルにいるので、道を渡って来てくれとのこと。
「リムジンだったりして〜」と冗談言いながら向かったら・・・・ゲゲッ!
そこには真っ白なリムジンが!
うそ!
俺たちゃ新婚旅行じゃねぇぞ〜(笑)
これには橋本さんがビビった!
「これ、高いんじゃないんですか?大丈夫ですか?」
私はリムジンなんかに乗ったことがない。
結婚する気もないから新婚旅行で使うこともない。(笑)
この先、リムジンに乗ることはまずないだろう・・・・これはチャンスである!
ホテルから海軍基地までの距離は凡そ分かっているので、仮に普通のタクシーの2倍、3倍の料金でも大したことはあるまい。
軍資金はタップリ持ってきている。
それより経験が大事だ。
乗らねば損である!(笑)
こういうところが、学校の元先生というサラリーマン経験者と中小企業のボンボン息子の価値観の違うところである。(大笑)
橋本さんがいつまでも料金を気にしているので、運転手に尋ねたら・・・・
普通のタクシーと同じ料金なのだそうだ。(笑)
橋本さん、ようやく安心。
で・・・この広い車内に並んで座っていても面白くない!(笑)
長くて広い車内で橋本さんと向かい合わせに座ることにした。(笑)
後ろ向きに走る・・・・これもいい経験である。

ボウフィン博物館の入口 ボウフィン博物館の入口

博物館のチケット売り場でチャールズさんに会いに来たことを伝え、受付の“おじいちゃん”に事務所まで案内してもらう。
私は頭に血が上るほど頭にくると英語が話せるのだが、不思議なことに(?)普通のまともな時には英語が話せないのである。(笑)
つまり、喧嘩腰にならねば喋れないという男なので、うまく通じるかと不安だったが、うまく通じたらしく気持ちよく案内してもらった。
というわけで、本来お金を払って入場しなければならないのに、チャールズさんのおかげでタダで入館できた。
しかも、鞄等の荷物の持ち込みが禁止なのだが、チャールズさんの事務所で預かってくれるというのでお言葉に甘える。

潜水艦「ボウフィン」 潜水艦「ボウフィン」

ボウフィン博物館は、米軍の潜水艦の博物館である。
この「ボウフィン号」は太平洋戦争時、学童疎開船の対馬丸を撃沈した潜水艦として有名である。
つまり、日本人にとっては憎き潜水艦なのだが・・・
だいたい、当時、この対馬丸に子供たちが乗っているなんて潜水艦の艦長は知らなかったのではないだろうか?
結果的に多くの子供たちを殺してしまったが、それは後から言えることなんだから、この潜水艦を責めても仕方があるまい。
私は、このことを知ってはいたが、あえて話題にはしなかった。
する必要もないのである。

チャールズさんの案内で狭い艦内を見学する。
細かい説明を受けて大感激!
私は、あまり潜水艦には詳しくないが、それでも多少の知識はあるので、あ〜でもねぇ、こ〜でもねぇとおしゃべりしながら見学させてもらう。
非常に狭い艦内だが、兵員の居住性を高める工夫があちこちに見られる。
アメリカらしい・・・
日本の潜水艦は、こんなに居住性は恵まれてなかっただろう。
日本には現存している当時の潜水艦がないので比較できないのが残念である。

そのうち、一般の見学者が続々と艦内に入って来た。
早めに見学してよかった。
続いて、博物館の方を見学させてもらう。
こちらは勝手に我々だけで見学する。

日本の特殊潜航艇のコーナー 日本の特殊潜航艇のコーナー

建物の外の庭には日本海軍の人間魚雷「回天」が展示されていた。

回天 回天

このあと、我々はフォード島に数年前に出来たばかりの航空博物館へ行く。
チャールズさんに荷物を預かってもらい、ボウフィン博物館前から出るシャトルバスに乗って向かう。
この博物館は軍の施設内の博物館なので、一般の観光客はこのシャトルバスで行くのだそうだ。

太平洋航空博物館 太平洋航空博物館
フォード飛行場跡の古い管制塔 フォード飛行場跡の古い管制塔

この博物館はフォード島のフォード飛行場跡にある格納庫を改造して使用されているようである。
ここには私の大好きな零戦が展示されているのである!(笑)
時刻はお昼を過ぎている。
館内にレストランが併設されているので、そこでちょっと遅めの昼食をとる。
まずは腹ごしらえである!(笑)

パイナップル入り焼き飯 パイナップル入り焼き飯

食後は、いよいよお楽しみの零戦である!
ジオラマ形式での展示・・・・
真珠湾攻撃に関する説明等もある。
ニイハウ島に不時着した西開地一飛曹の零戦の残骸も展示されている。
また、他の米軍の航空機等の展示もある。

零戦21型(零戦21型)

日本語説明文
オアフ島の米太平洋艦隊と飛行場の攻撃に向かう第二次攻撃隊の発進準備をする日本帝国海軍の航空母艦飛竜の航空機搭乗員達。
彼等の爆弾と魚雷が日本のアメリカに対する新たな戦争の布告となりました。
8時少し前に真珠湾に到達する運命だった第一次攻撃隊はこの1時間前に発進しています。

第4戦闘部隊の海軍1等飛行兵曹、西開地 重徳が彼の零戦の操縦席に乗り込むところです。
彼のこの朝の攻撃目標はカネオヘの海軍航空基地とベローズの陸軍飛行場でした。
彼の運命は攻撃後に飛竜に帰還するのではなく、戦闘で傷ついた戦闘機を離れ小島のニイハウ島に不時着させるという結果に終ることになります。
もっとも興味深い、しかし殆ど知られる事のない第二次世界大戦の戦争秘話の1つはその島でその後1週間にわたって起こり続けるのです。

この機体は真珠湾攻撃に参加した飛行機という形で展示されていますが、実際は1942年12月に製作されたものです。
残された資料によりますと、この飛行機は中島飛行機製作所で500機目として製作され、ソロモン諸島の第201飛行大隊の24航空小隊に配備されました。
その後、戦闘による損傷でバラレ島の密林に放置されました。

1964年に機体が回収され、1980年代半ばに航空記念団体のために飛行状態まで修復されました。
使用できる“栄”12型エンジンがなかったために、馬力、重量、外見がオリジナルの日本のエンジンに似たアメリカのプラット&ホイットニイ製R−1830型エンジンが搭載されました。

現在飛行可能な零戦の数は極めて少ないです。
後期型の1機だけがオリジナルの日本製のエンジンで飛行可能な状態にあります。

(説明板より)
真珠湾攻撃に関するパネル 真珠湾攻撃に関するパネル

(爆弾・魚雷は複製)

西開地一飛曹機の残骸(西開地一飛曹機の残骸)

日本語説明文
ここに展示されている三菱社製のA6M2ゼロ戦の残骸は1941年12月7日からニイハウ島にあった本物です。
パイロットだった日本海軍一等飛行兵曹、西開地 重徳(にしかいち しげのり)は、ベローズ基地とカネオヘ海軍航空基地に向かった第二次攻撃隊に参加し、オアフ島上空において対空砲火を受け、ガソリンタンクを損傷し、燃料切れのためにニイハウ島に不時着しました。

日本海軍の救助を待つ間、西開地一等飛行兵曹は島に住んでいた原田 義雄に日本語で話しかけられます。
原田は奪われた軍の書類を取り戻すために、島に住むハワイ人達を制圧しようとする西開地一等飛行兵曹を助ける決意をします。
しかし、結局、島の住民だったベネ カナヘレと彼の妻のエラとの短くも激しい格闘の末に、西開地一等飛行兵曹は殺害され、原田も自殺を遂げます。

日本軍がすぐにハワイへの侵攻を始めるかもしれない状況下で、米軍の調査隊はゼロ戦の伝説的な飛行能力の秘密を探るために、この残骸を急いで分解して徹底的に調べました。
部品の一部は更に詳しく調査するためにオアフ島に輸送されます。
ニイハウ島の住人だったギルバート カラオラ バフレハウアと彼の息子は、唯一残ったエンジンを自宅に持ち帰り保管しました。

ロビンソン一家の助力と支援によって、2006年にこの飛行機の残骸はここ太平洋航空博物館に移送されました。
この様な驚くべき歴史を持った飛行機が一般公開されるのは、世界でも初めてのことです。

(説明板より)

不思議なのは、展示スペースの隅っこに日本陸軍の一式機動速射砲(対戦車砲)がポツンと置いてあったこと。(笑)
ちょっと小さな博物館だが、なかなかいい!

一式機動速射砲

じっくり見学した後は、ミュージアムショップで英語の戦記本などを自分のお土産として購入する。
15分間隔で来るシャトルバスに乗りボウフィン博物館まで戻り、チャールズさんの事務所に立ち寄ってしばしおしゃべり。
いやはや色々と大変お世話になった。
感謝感謝である。

帰りはバス・・・・
昨日乗った同じバス停からなので、もう大丈夫!(笑)

途中の乗り換えをするショッピングセンターの本屋に立ち寄り、姪っ子・甥っ子のためのお土産を購入する。
今回の旅のお土産は、英語の本!(笑)
女子店員に協力してもらい、何か適当な本を探してもらう。
「姪っ子はピアノを弾くので・・・」と言ったら、楽譜を探し出してきた。
「いや、そうじゃなくて・・・ベートーベンの伝記とか・・・バッハとか、モーツアルトとか・・・」
「モーツアルトがいいんですか?」
「いや、何でもいいんだけど・・・英語の難しくないもの!」
「え?英語の難しくないもの?」
なかなか説明するのが難しい・・・・
自分でもじれったい!(笑)
まずは、私自身がよ〜く英語を勉強しないと駄目だな・・・こりゃ・・・

汗をかきかき、必死で英語で説明しながらようやくお土産の本を買う。(笑)


   


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