土方歳三像 (平成22年5月24日)

土方歳三 ひじかた・としぞう

天保6年(1835年)〜明治2年(1869年)5月11日

北海道函館市・五稜郭タワーでお会いしました。


武蔵国多摩郡の農家に生まれる。
散薬の行商のかたわら剣術を学び、江戸の天然理心流・近藤周助の門弟となる。
文久3年(1863年)の将軍徳川家茂いえもち上洛にともなって組織された浪士隊に参加。
のち、京都に残留し、新撰組の結成に加わる。
同郷の近藤勇のもとで副長を務めた。
慶応3年(1867年)、幕臣となり、戊辰ぼしん戦争では各地を転戦。
明治2年(1869年)2月の箱館政権では陸軍奉行並に選ばれた。
同年5月11日、五稜郭の戦闘で銃弾に斃れる。


土方歳三像



土方歳三像
(北海道函館市・五稜郭タワー)




(平成22年5月24日)

「五稜郭に立つ 土方歳三」

天保6年(1835)、武州多摩の豪農の家に生まれた土方歳三は、文久3年(1863)幕府が募集した浪士隊に近藤勇らと参加し、尊王攘夷の嵐が吹き荒れる京都で新撰組を結成、「池田屋事件」などの討幕派浪士に対する徹底した取締りと同時に、「鬼の副長」として新撰組隊士を厳しく統率し恐れられた。

鳥羽伏見の戦いや甲州勝沼の戦いでの敗北、さらに新撰組局長であり盟友である近藤勇が処刑された後も、宇都宮、会津と戦い続け、榎本武揚率いる旧幕府艦隊に仙台で合流し蝦夷地に渡った。
ここ五稜郭を本拠地とした旧幕府軍による暫定政権、いわゆる「蝦夷共和国」では、陸軍奉行並・箱館市中取締の要職を務めた。
箱館での土方は、「人に慕われることは、あたかも赤ん坊が母親を慕うかのようだ」と伝えられるほど温厚で、明治2年(1869)春からの新政府軍による攻撃に際しては、自ら最前線で兵を励まし奮戦し、押し寄せる敵を撃退した。
しかし明治2年5月11日、新政府軍の総攻撃により孤立した友軍を援護するために出撃したが、一本木関門で銃撃を受け35年の生涯を閉じた。

この像は、旧幕府軍が蝦夷地から一時的に新政府の勢力を駆逐し、暫定政権を樹立した明治元年12月15日、戦場から凱旋した土方歳三が、乗馬用の鞭を片手に五稜郭に降り立った姿を再現したもので、函館出身の彫刻家、小寺眞知子さんの作品です。
また展望2階には、小寺さん制作による座像「土方歳三之像」が設置されております。

【五稜郭に立つ 土方歳三】
高さ 像本体 約220cm(等身の約1.2倍)
    台座  約103cm
材質 像本体 青銅(ブロンズ彫像)
    台座   黒御影石

制作者 小寺眞知子氏プロフィール
函館市出身。北海道教育大学美術科彫塑課程卒業。84年にローマ美術アカデミーを卒業。ローマを拠点に日本やイタリアで活躍中。函館市内には、他に「青・海・テティス」(クイーンズポートはこだて前)、「ペリー提督来航記念碑」(市立函館病院跡地)、「ハーモニー」(函館市中央図書館前)、「北天の竪琴」(函館空港内)の作品が設置されています。

(説明板より)

土方歳三の像 (平成22年5月24日)

北海道函館市・五稜郭タワーでお会いしました。

土方歳三の像




土方歳三の像
(北海道函館市・五稜郭タワー)




(平成22年5月24日)
五稜郭タワー



五稜郭タワー
(北海道函館市五稜郭町43−9)




(平成22年5月24日)

土方歳三・古写真 (『箱館戦争と特別史跡五稜郭跡』現地説明板より)


土方歳三像 (平成22年5月24日)

北海道函館市・土方歳三函館記念館でお会いしました。

土方歳三像



土方歳三像
(北海道函館市・土方歳三函館記念館)




(平成22年5月24日)
土方歳三函館記念館



土方歳三函館記念館
(北海道函館市日乃出町25−4)




(平成22年5月24日)

碧血碑



碧血碑へきけつひ
(北海道函館市谷地頭町・函館八幡宮の近く)




(平成22年5月24日)

碑文

明治辰巳實有此事
立石山上叺表厥志

明治八年五月

碧血碑

箱館戦争で戦死した土方歳三や中島三郎助父子をはじめ、北関東から東北各地での旧幕府脱走軍戦死者の霊を弔っているのが、この碧血碑である。
碑石は、7回忌にあたる明治8(1875)年、大鳥圭介や榎本武揚らの協賛を得て、東京から船で運ばれたもので、碑の題字は、戦争当時陸軍奉行であった大鳥圭介の書といわれている。
碑の台座裏に、碑建立の由来を示す16文字の漢字が刻まれているが、その表現からは、旧幕府脱走軍の霊を公然と弔うには支障があったことが推測される。
なお、碧血とは「義に殉じて流した武人の血は3年たつと碧色になる」という、中国の故事によるものである。

函館市

(説明板より)

柳川熊吉の寿碑



柳川熊吉翁之寿碑
(碧血碑の近く)




(平成22年5月24日)

碑文

前逓信大臣正三位勲一等 伯爵 林 董 篆額

翁名熊吉姓野村後有故改柳川江戸人少■侠客新門辰五郎夙有名始来北海為函館奉行■織部正所知■名愈顕戊辰之役東軍来■函館也受巨帥榎本武揚君之親信蓋曩榎本君■十六七以在奉行織部君之家之時有面識故也後東軍之敗于五稜郭也遺骸横野而無復顧之者翁深惻之與當山十六世日隆師捏謀收葬之於谷地頭之西丘而歳時祀焉後有志者立石題■碧血碑翁■茲齢八十八猶■鑠因欲傳翁之寿擧于不朽■説其梗概建諸血碑之傍云

大正二年癸丑六月
日蓮宗一乗山實行寺十九世 権僧正 望月日謙 誌
明陰龍湖  石川重友 書

柳川熊吉翁の碑

柳川熊吉は、安政3(1856)年に江戸から来て請負業を営み、五稜郭築造工事の際には、労働者の供給に貢献した。
明治2(1869)年、箱館戦争が終結すると、敗れた旧幕府脱走軍の遺体は、「賊軍の慰霊を行ってはならない」との命令で、市中に放置されたままであった。
新政府軍のこの処置に義憤を感じた熊吉は、実行寺の僧と一緒に遺体を集め同寺に葬ったが、その意気に感じた新政府軍の田島圭蔵の計らいで、熊吉は断罪を免れた。
明治4年、熊吉は函館山山腹に土地を購入して遺体を改葬し、同8年、旧幕府脱走軍の戦死者を慰霊する「碧血碑」を建てた。
大正2(1913)年、熊吉88歳の米寿に際し、有志らはその義挙を伝えるため、ここに寿碑を建てた。

函館市

(説明板より)

函館八幡宮



函館八幡宮
(北海道函館市谷地頭町2−5)




(平成22年5月24日)

土方歳三と新撰組隊士の供養碑



土方歳三と新撰組隊士の供養碑
(北海道函館市・称名寺)




(平成22年5月25日)

【碑文】

明治二年五月十一日
歳進院殿誠山義豊大居士
土方歳三

野村義時
栗原仙之助
糟谷十郎
小林幸次郎

(碑文より)

土方歳三と新撰組隊士の供養碑

土方歳三(新撰組副長)は、榎本軍に加わり、函館で戦死した。
その場所は一本木(若松町)、鶴岡町、栄国橋(十字街)など諸説があるが、土方ゆかりの東京都日野市金剛寺の過去帳には、函館称名寺に供養碑を建てた、と記している。
称名寺は、明治期の大火で3回も焼けて碑は現存しないため、昭和48年有志が現在の碑を建立した。
他の4名は新撰組隊士で、称名寺墓地に墓碑があったが、昭和29年の台風で倒されたため、この碑に名を刻んだ。

(説明板より)

称名寺



称名寺

(北海道函館市船見町18−14)




(平成22年5月25日)

称名寺

称名寺は、正保元年(1644年)円龍上人が亀田村(現市内亀田八幡宮辺り)に阿弥陀庵を建てたのが始まりといわれており、箱館開港当初はイギリスとフランスの領事館としても利用された古い寺院である。
明暦元年(1655年)阿弥陀堂と称したが、元禄3年(1690年)称名寺を公称し、宝永5年(1708年)亀田の衰退と箱館の繁栄により箱館の富岡町(現・弥生町 弥生小学校)に移転した。
明治12年(1879年)の大火で本堂を焼失し、同14年(1881年)この地に移転した。
その後、幾度か大火のため建物を焼失したが、昭和4年(1929年)現在の鉄筋コンクリート寺院が完成した。
境内には河野政通の供養碑をはじめ、高田屋嘉兵衛の顕彰碑、土方歳三と新撰組隊士の供養碑があるほか、北海道最古の石碑として有名な「貞治の碑」〔貞治6年2月(1367年)の銘がある板碑で北海道指定有形文化財〕が保存されている。
また、墓地には箱館発展のもとを築いた高田屋一族の墓、新島襄の海外渡航を助け日本最初の気象観測所を開設した福士成豊、日魯漁業株式会社創立者堤清六の碑など、著名な人の墓がある。

(説明板より)


土方歳三最期の地碑



土方歳三最期の地碑

(北海道函館市若松町33−6・「若松緑地公園」)




(平成22年5月25日)

土方歳三最期の地

新撰組副長として京都の街に勇名をはせた土方歳三は鳥羽伏見の戦いの後 新撰組を率いて各地を転戦して北上し 仙台で旧幕府海軍副総裁榎本武揚が指揮する脱走艦隊と合流した。
明治元年(1868年)10月、蝦夷地(北海道)に上陸した榎本軍は、箱館を占拠して新政権を樹立、土方はその陸軍奉行並の要職についた。
翌2年4月、新政府軍の総攻撃に榎本軍は各地で敗退したが、土方が守った二股口(現・大野町)だけは最後まで落ちなかった。
しかし、同年5月11日、ついに箱館も政府軍の手に落ちた。
土方は箱館奪回を目指し、50名の兵を率いて一本木(現・若松町)の関門を出て箱館の市中に向い、敢然と切り込んでいったが、銃弾に当って倒れ波乱に満ちた生涯を閉じた。
時に35歳であった。

函館市

(説明板より)

土方歳三最期の地



土方歳三最期の地

(北海道函館市若松町33−6・「若松緑地公園」)




(平成22年5月25日)



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