歩兵第148連隊

(通称号:龍6736部隊)

編成地 編成時期 終戦時の上級部隊 終戦時の所在地
久留米 昭和15年 第56師団 タイ国・チェンマイ

昭和15年9月に編制。
昭和16年12月、新設龍兵団(第56師団)の隷下となる。
龍兵団はマレー・北部スマトラ作戦に投入予定だったが、マレー作戦の意外な進捗で新設師団の使用は見合わされた。
昭和17年2月、出動命令。
第15軍に編入され、ビルマへ向かいマンダレー攻略の途につく。
4月29日のラシオを占領後、引き続いて怒江方面への進出命令に接し、モンユ、ワンチンへと進出したが、ワンチンから急遽方向を変えてミイトキーナに向かう。
ミイトキーナ攻略後、警備につく。
5月25日、中国遠征軍による怒江正面での反攻が開始されたため連隊は急遽騰越に派遣され、同地の防衛に当たる事になる。
昭和19年5月、中国軍第20集団による総攻撃が開始。
ビルマ公路北方の要衝にある騰越は第一次の攻撃目標となり、第3大隊の守備する大塘子付近を皮切りに猛攻撃が開始された。
5月11日から6月6日までの第一次反撃作戦には連隊は寡兵よく防戦に努め撃退。
6月11日、第11集団による反撃作戦開始。
このため第3大隊は攻撃正面となった龍陵方面に移動。
騰越守備隊として残された1個大隊基幹の連隊は、9月20日、約20倍の圧倒的な中国軍の重囲に陥って全滅した。
その後、再建された連隊はラシオ、サルウィン渓谷を交戦しつつ後退。
チェンマイ付近で終戦を迎えた。


発祥の地碑



「歩兵第百四十八聯隊・発祥之地」碑
(福岡県久留米市・陸自久留米駐屯地)





(平成20年11月20日)

碑文

歩兵第百四十八聯隊
龍第6736部隊
発祥之碑
建立者 龍148戦友会

昭和16年12月20日 編成完結
翌17年2月11日 屯営出発
同年3月26・7日 ラングーン上陸、ビルマ進攻作戦参加
同年4月29日 ラシオ入城
同年5月 中華民国雲南省に進攻 怒江作戦参加
同19年9月14日 中華民国雲南省騰越において玉砕

広報資料館



陸上自衛隊 久留米駐屯地
広報資料館(歴史資料館)

(福岡県久留米市国分町100)

歩兵第48連隊本部営舎


(平成20年11月20日)

久留米駐屯地広報資料館

本広報資料館は明治・大正・昭和に至る旧軍郷土部隊、特に第12師団、第18師団(菊兵団)、第56師団(龍兵団)等の貴重な資料や自衛隊関係資料等、約2000点を展示しています。
尚、資料館は明治30年(1897年)に建築された旧軍歩兵第48連隊の本部営舎(2階部)を使用しています。

開館時間:午前8時から午後5時
休館日:土・日・祭日

(リーフレットより)

久留米駐屯地



陸上自衛隊久留米駐屯地
(福岡県久留米市国分町100)





(平成20年11月20日)

《駐屯地の紹介》

昭和27年3月から警察予備隊の一部が当駐屯地に移駐し、同年12月その主力の特科64連隊が長崎県針尾より移駐して久留米駐屯地となった。
その後、昭和29年6月から第4特科連隊と改称され、平成2年3月第4高射特科大隊が第4特科連隊より師団直轄へ改編された。
また、平成15年3月師団改編により、第4後方支援連隊第2整備大隊の特科直接支援中隊及び高射直接支援隊が新編され現在に至る。
なお、佐賀県、福岡県筑後地区(筑後川以南)を担当隊区としております。

(リーフレットより)


騰越守備隊の玉砕

騰越は雲南省怒江西地区随一の都会。
人口は4万。インドと中国を結ぶ交通路。
城郭都市で、城壁は正方形に近く、周囲約4km、高さ5m、厚さ2m。

騰越は「龍」(第56師団)の歩兵第148連隊(龍第6736部隊)、蔵重康美大佐が指揮する2,025名の将兵に守られていたが、実際に守りについていたのは連隊の全部隊ではない。

蔵重連隊長直轄の110名
第2大隊(日隈太郎大尉指揮)の650名
第1大隊残留隊(宮崎徳蔵中尉指揮)の80名
第3大隊残留隊(野田末雄中尉指揮)の70名
連隊砲(成合大尉指揮)の130名
速射砲(高木中尉指揮)の70名
計1,110名
これに通信隊、衛生隊、防疫給水隊、輜重隊を合算して2,025名
(第1大隊主力は既にミートキーナで玉砕)

昭和19年5月11日、雲南遠征軍の第135師主力、第198師、予備第2師の中国軍が空陸からの砲撃の援護のもと、ビルマ反攻をめざして怒江の渡河を始める。
第2大隊(日隈大尉)は馬鞍山、冷水溝に在って敵の侵攻を防ぐ。
第3大隊(宮原少佐)は大塘子に在って敵を迎え撃つ。
しかし、第2大隊は食料・弾薬を欠乏、敵に包囲される。
5月27日、師団司令部は歩兵第113連隊(連隊長:松井秀治大佐)に蔵重部隊への協力を命令。
全滅寸前の第2大隊の児玉中尉以下86名を救出。

昭和19年6月10日
雲南遠征軍は第11集団軍の総力を結集して第2次攻撃を開始。
蔵重部隊は橋頭街に進出。
6月13日、新たな敵の重囲下にあった第2大隊救出の為、決死隊を編成。
蔵重大佐は敵陣を突破して冷水溝の第2大隊と合流。
6月15日、松井部隊(歩113連隊)は第53軍主力を撃破して龍陵守備隊と合流。
蔵重部隊は、戦線を縮小し、騰越城を複郭陣地とする籠城戦を決意。
昼夜兼行で陣地構築を行う。
6月24日、師団司令部より第3大隊(宮原少佐)の抽出を命令。
師団は別の会戦を企図していて、そのため宮原大隊を引き抜いたのである。
このため、蔵重部隊は第3大隊の守備予定の飛鳳山陣地を放棄、陣地配置の変更を余儀なくされた。
6月27日午前6時、敵の総攻撃開始。
6月28日午後、敵の2個大隊が高良山陣地に登ってくる。
守備隊は副島准尉以下25名。
敵の攻撃に耐えて戦い続けたが12名が戦死。
6月29日朝、中隊長から後退命令。
夜陰に乗じて負傷者を脱出させた副島准尉は、重傷を負っていたが単身敵陣に斬り込み戦死。

昭和19年7月19日、敵の戦爆連合の航空隊が、南部方面主陣地の松陣地に銃爆撃を加える。
7月23日、敵の5個師団(4万9千名)の大群が包囲網を築きあげる。
7月26日、敵の戦爆連合の57機が猛爆を加えてくる。
砲攻撃は1日5千発。
弾薬・食料の尽きた来鳳山陣地の守備隊(成合大尉)に連隊長から陣地放棄の命令。
7月27日夜、玉砕寸前の成合大尉以下生存守備兵が城壁陣地に後退する。
7月28日、師団長(松山祐三中将)は蔵重連隊長に、師団主力が龍陵会戦を戦っている間は騰越を死守せよとの命令を出す。
しかし、援軍(増援)なし、弾薬の補給なし。

昭和19年8月2日、敵の総攻撃。
城内に3千発の砲弾が撃ち込まれる。
8月3日、南西角のトーチカが破壊され、敵兵が城内に侵入するが、日隈大尉の一隊が逆襲して城外に追い払う。
8月5日、敵はB−25、25機をもって城壁を空爆。
城壁の10数か所が破壊され、敵兵が侵入し白兵戦となる。
8月12日、城壁上を敵の一部が占領。
8月13日早朝、敵の戦爆連合の24機が猛攻を開始。
地上からは敵砲兵群の砲撃。
守備兵は地下壕に潜んで砲撃の止むのを待つが、北東城壁内の連隊本部に直撃弾。
この爆撃で蔵重連隊長が戦死し、同時に32名の将兵も命を落とす。
以後、先任将校の太田正人大尉が新守備隊長として指揮をとる。
8月14日、敵の第2次総攻撃開始。
白兵戦は約5時間にわたり、将校3名、兵30数名が戦死する。
8月17日夕刻、南西角陣地の守備兵、全員戦死。
8月19日、敵の第3次総攻撃開始。
8月21日、戦爆連合、延べ100機の来襲。
敵砲兵の撃ちこんだ砲弾は1万5千発という。
守備兵は640名に減少、糧秣は数日分、城内の3分の1は敵の手に落ちる。
8月22日午後、西門が敵手に堕ち、守備兵の拠点となっていたイギリス領事館も奪われる。
8月25日、友軍機12機が手榴弾500発、医療品等を投下。
8月27日、手榴弾、医療品の補給を受けた守備兵は、勇躍反撃に転じた。
闇夜を待って西門に近づき、道路上で防御態勢を布いていた敵兵に向かい手榴弾攻撃を敢行。

昭和19年9月、ついに外郭陣地を陥した敵兵が城郭の一角を越え、壮烈な市街戦が展開された。
9月4日夕刻、残存兵力が350名になる。
9月5日、敵の総攻撃開始。
陸と空が一体となっての猛攻。
大小の火器を撃ちまくって、日本軍の最後の拠点である中門正面に突進してくる。
9月10日、城壁内北東の連隊本部だけが残された最後の砦となる。
残存兵力は太田大尉以下70名の将兵。
9月11日、太田大尉は最後の突撃を行うことを決意。
弾薬、手榴弾のすべてを使い果たし、残るは各人の持つ軍刀、銃剣のみ。
午後10時、師団長あてに電報を発信。
『守備隊本部前80メートルに於いて激戦中。軍旗は9時、涙とともに奉焼せり。将兵よく奮闘せり。多数の将兵を捧じて、作戦の支援たるを得ざりしこと申し訳なし。聖寿の万歳を寿ぎ奉り、兵団の武運長久を祈る』
9月12日6時、最後の電報を発信。
『現状よりするに、1週間以内の持久は困難なるを以て、兵団の状況に依りては、13日、連隊長の命日を期し、最後の突撃を敢行し、怒江作戦以来の鬱憤を晴らし、武人の最後を飾らんとす。敵砲火の絶対火制下にありて、敵の傍若無人を甘受するに偲びず、将兵の心情を、諒とせられたし』
『ご期待に背き奉り申し訳なし。全員突入す』
9月13日、太田大尉以下残存将兵、敵陣に突入。
敵に包囲されてから80余日を経て玉砕。

(参考:西廣久著『母上様〜龍兵団・ビルマからの手紙』2008年第1刷・元就出版社)

歩兵第148連隊第1大隊第1中隊に所属していた兵が郷里の母に送った手紙。
差出人の兵士は生還したが、2006年に86歳で他界。
そのご長男が父親のこと、部隊のことを調べてまとめた本です。



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