歩兵第48連隊

(通称号:剣8707部隊)

編成地 編成時期 終戦時の上級部隊 終戦時の所在地
久留米 明治31年 第12師団 台湾・新竹

日露戦争、シベリア出兵等に参加。
昭和7年の上海事変では、第1大隊(岩佐少佐)が混成第24旅団(第14第24、第46、第48の各連隊から1個大隊を抽出して編成)に編入されて出動した。
昭和11年、満州に派遣。
連隊本部・第3大隊・歩兵砲は寧安に、第1大隊を羅子溝に、第2大隊を東京城に展開して、満州東部地域の南西区域の警備に当たった。
昭和19年11月、戦局の悪化に伴い台湾防衛軍に編入され台湾に赴き、現地で終戦を迎えた。


歩兵第48連隊跡碑


「歩兵第四十八聯隊址」碑
(福岡県久留米市・陸自久留米駐屯地)

第十三代聯隊長 
陸軍大将後宮淳謹書



(平成20年11月20日)

碑文

歩兵第48連隊は明治30年3月28日この地に創設せらる
爾来日露戦争日独戦争シベリア事変満洲事変支那事変及び大東亜戦争に参加し赫々たる武勲を樹て精強無比の四八として名聲を博した
昭和20年8月15日終戦と共に亡し茲に碑を建て国家の興隆に貢献せし連隊の功績を顕彰するものなり
尚大東亜戦争間 菊 龍 積 護西 各師団の歩兵連隊及び師団通信隊等此所に編成せられ各地に転戦して偉勲を挙した

昭和36年3月28日
歩兵第四十八連隊
関係者有志建之

昭和初期の48聯隊正門 明治38年頃の48聯隊全景

(陸自久留米駐屯地資料館展示写真より)

連隊旗



歩兵第48聯隊旗
(福岡県久留米市・陸自久留米駐屯地資料館)


昭和52年に復元


(平成20年11月20日)

輝かしい伝統を誇る歩兵第48聯隊旗

軍旗は明治7年明治天皇から近衛歩兵第1第2の両連隊に「汝等に軍旗一■りゅうを授く」との勅語とともに日比谷練兵場で親授されたのが最初でありその後も連隊が新設されるたびに連隊長と連隊旗手が宮中に参内して親授される慣例になっていた。
歩兵第四八連隊では明治31年3月24日畏くも宮中正殿において親しく陛下から下し賜ったもので連隊長大佐前田隆禮旗手少尉廻建介であった。
以来輝かしい伝統を誇る歩兵第四八連隊と共に生き続けたものである。
「軍旗の寸法は縦約80糎横約1米で地は羽二重で竿頭に三面金色菊花紋章が付され、安置する時は旗手(優秀な少尉をあてた)が捧持し礼式取扱いが細かく規定されていた。」

(陸自久留米駐屯地資料館展示パネルより)

【聯隊旗】

昭和52年、旧48の関係者が中心となって復元された。
本物は終戦時軍の命令により現地(台湾)で焼却。
台湾で終戦を迎えた当時の姿に近づけるため、古く見せるための加工がしてある。(ボロにするのに金がかかった)
本物の紫総の一部が当時の旗手「田畑」氏により持ち帰られている。
軍旗はどんなに破けても修理することはなかった、なぜならばそれだけ戦戈(せんか=いくさ)を交えた証であり、部隊の名誉であるから。
※昭和初期にはすでに白地の部分は無くなり現在の姿だった。(見学者談)

【聯隊長】

明治30年の初代から終戦時の20代まで聯隊長は陸軍大佐をもって任じられた。
聯隊長室は営門、営庭どちらも見える場所に在った。
16代、飯塚聯隊長以降は満州各地を転営し、終戦時は台湾に在って台南市周辺の防備についていた。(一部は中部太平洋、ヤップ島へ派遣)

(陸自久留米駐屯地資料館展示パネルより)

歴代連隊長(昭和12年〜20年)
飯塚慶之助(陸士19期) 昭和10年12月2日〜
赤鹿 理(陸士22期) 昭和12年11月24日〜
河島 修(陸士27期) 昭和14年8月1日〜
品部孝晴(陸士29期) 昭和17年4月1日〜
田中亮吉(陸士28期) 昭和19年1月7日〜終戦

(参考:東京大学出版会『日本陸海軍総合辞典』)

赤鹿聯隊長





昭和12年 満州にて 赤鹿理聯隊長(左端)
(福岡県久留米市・陸自久留米駐屯地資料館)







(平成20年11月20日)
第1大隊旗



歩兵第48聯隊第1大隊旗
(福岡県久留米市・陸自久留米駐屯地資料館)





(平成20年11月20日)
展示コーナー



陸軍歩兵第48聯隊展示コーナー
(福岡県久留米市・陸自久留米駐屯地資料館)





(平成20年11月20日)

【歩兵第48聯隊】

明治30年久留米市に最初に生まれた軍隊で、日露戦争や第1次大戦に出征し久留米の48として広く世間に知られていた。
昭和に入ってからは、48を母体として次々に新しい部隊が編成された。(56聯隊・148聯隊等)
久留米の軍隊に入るのは主として佐賀県、福岡県の南部地区、長崎県の一部
日露戦争、第一次世界大戦、上海事変等に出兵。
昭和11年満州へ渡り、関東軍の隷下部隊として満州国境警備の任につく。
昭和19年台湾警備のため転営(一部は中部太平洋ヤップ島へ)同地で終戦
台湾で終戦を迎えたために生存された方が多い(台湾・ヤップ島交戦せず)

(陸自久留米駐屯地資料館展示パネルより)

歩兵第48連隊を母体として編成された部隊

1.歩兵第56連隊(通称号 菊8903)
   昭和12年再び編成され昭和18年に改編
   終戦時は18師団下

2.歩兵第148連隊(通称号 竜6736)
   昭和16年編成
   終戦時は56師団下

3.歩兵第189連隊(通称号 積15104)
   昭和19年編成
   終戦時86師団下

4.歩兵第358連隊(通称号 千歳32622)
   昭和20年編成
   終戦時312師団下

5.歩兵第456連隊(通称号 護西22806)

(陸自久留米駐屯地資料館展示パネルより)


広報資料館



陸上自衛隊 久留米駐屯地
広報資料館(歴史資料館)

(福岡県久留米市国分町100)

歩兵第48連隊本部営舎


(平成20年11月20日)

久留米駐屯地広報資料館

本広報資料館は明治・大正・昭和に至る旧軍郷土部隊、特に第12師団、第18師団(菊兵団)、第56師団(龍兵団)等の貴重な資料や自衛隊関係資料等、約2000点を展示しています。
尚、資料館は明治30年(1897年)に建築された旧軍歩兵第48連隊の本部営舎(2階部)を使用しています。

開館時間:午前8時から午後5時
休館日:土・日・祭日

(リーフレットより)

久留米駐屯地



陸上自衛隊久留米駐屯地
(福岡県久留米市国分町100)





(平成20年11月20日)

《駐屯地の紹介》

昭和27年3月から警察予備隊の一部が当駐屯地に移駐し、同年12月その主力の特科64連隊が長崎県針尾より移駐して久留米駐屯地となった。
その後、昭和29年6月から第4特科連隊と改称され、平成2年3月第4高射特科大隊が第4特科連隊より師団直轄へ改編された。
また、平成15年3月師団改編により、第4後方支援連隊第2整備大隊の特科直接支援中隊及び高射直接支援隊が新編され現在に至る。
なお、佐賀県、福岡県筑後地区(筑後川以南)を担当隊区としております。

(リーフレットより)



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