伊号第185潜水艦


伊号第185潜水艦の碑



伊号第百八十五潜水艦之碑
(長崎県佐世保市・佐世保東山海軍墓地


昭和57年4月18日 建之


(平成20年11月23日)

伊号第百八十五潜水艦之碑
一等潜水艦
昭和18年5月23日横須賀工廠で竣工
佐世保本籍指定は昭和17年9月16日

昭和19年1月5日から南東方面で輸送に従事。
3月末に佐世保に帰投し、6月10日佐世保を出港して南方に向かった。
「あ号」作戦発動により6月10日、サイパン西方に向かったが、同日午後10時半の電報報告後消息不明となる。
7月12日付で沈没と認定。
米側資料によれば、6月22日午前9時3分、船団護衛中の米駆逐艦ニューカムと掃海駆逐艦チャンドラーがサイパン北西方面においてソナー探知して爆雷攻撃をしたところ、深海で大爆発が起こった。
地点は北緯15度50分、東経145度8分。
碑は昭和57年4月18日建立。
栢原司令、荒井艦長以下95名の霊を祀る。

(参考:社団法人 佐世保東山海軍墓地保存会発行 『佐世保東山海軍墓地 墓碑誌』 平成20年第3刷)


【海大型】

「海大型」は海軍大型潜水艦の略称で、味方主力艦隊に随伴して決戦海面に進出し、駆逐艦と同じように艦隊決戦中に襲撃を行うというのが艦隊随伴型潜水艦の構想だった。
艦隊に随伴するためには20ノット以上の速力が必要とされたが、計画された大正7年当時では十分な出力をもつディーゼル機関が確保できず、世界に類ない4軸推進の潜水艦となった。
これが「海大1型」の伊51潜である。
しかし、実際の速力は18ノットであったため、更に改良が続けられた。
「海大2型」は軽荷状態で19.5ノット。
「海大3型」になってようやく20ノットを超えることができた。
ロンドン条約で巡洋艦と駆逐艦が制限されたため、潜水艦も漸減邀撃作戦の任務にあたることになり、「巡潜型」よりも小型で数が揃えやすい「海大型」がその主役とり、軍縮時代の主力潜水艦として整備された。
その後、無条約時代になって漸減邀撃任務は新たに建造される「巡潜型」に振り向けられ、「新海大型」が「巡潜型」を補完する戦力として建造された。
当初、潜水艦のナンバーは「巡潜型」が1から振られ、「海大型」が51からとなっていたが、「乙型」などの「新巡潜型」の建造計画が拡大して50隻を超えることが確実となったため、「海大型」は従来の艦番号に100を付け足し艦番号を変更している。
しかし、その時点で存在してしていない艦の番号は変更なく2ケタのままなので、混在する結果となった。

【要目】(昭和17年・新海大型・伊176潜)
常備排水量:1832トン
潜航時排水量:2502トン
機関出力:水上8000馬力/水中1800馬力
速力:水上23.1ノット/水中8ノット
航続距離:水上16ノットで8000浬/水中5ノットで50浬
兵装:12cm単装砲×1
    25mm連装機銃×1
    53.3cm魚雷発射管×6

【型式と同型艦】

海大1型:伊51
海大2型:伊152
海大3型a:伊153、伊154、伊155、伊158
海大3型b:伊156、伊157、伊159、伊60、伊63
海大4型:伊61、伊162、伊164
海大5型:伊165、伊166、伊67
海大6型a:伊168、伊169、伊170、伊171、伊172、伊73
海大6型b:伊174、伊175
新海大型:伊176、伊177、伊178、伊179、伊180、伊181、伊182、伊183、伊184、伊185

(参考:『歴史群像2006年2月号別冊付録 帝国海軍艦艇ガイド』)




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