池田宗泰 いけだ・むねやす

享保元年(1717年)〜延享3年(1747年)


池田宗泰公の墓



鳥取藩第4代藩主・池田宗泰公の墓
(鳥取市(旧国府町)奥谷・鳥取藩主池田家墓所)




(平成16年11月20日)

鳥取藩第4代藩主

1717年(享保2年)鳥取城で生れる。
1731年(享保16年)将軍・徳川吉宗の前で元服式を行なう。
1739年(元文4年)因幡・伯耆両国にまたがる『元文大一揆』が起る。
この一揆が静まらないうちに、第3代藩主・池田吉泰が逝去したため、この年に、宗泰が家督を継ぎ、就任早々、この大一揆の後始末をすることになる。
宗泰は、この大一揆の関係者を処罰すると共に、郡方役人の入れ替えを行なった。
また、この一揆の原因は百姓に対する租税の増加によるものであることから、藩をあげて倹約するようにはかった。
しかし、藩政立て直しの最中の1747年(延享4年)、31歳で逝去した。

池田家墓所 池田家墓所・山門
(鳥取市)

国指定史跡
鳥取藩主 池田家墓所


昭和56年10月13日指定

鳥取藩主、池田家墓所は、池田家初代光仲以下11代慶栄に至る、歴代藩主と藩主室等の墓所があり、75基の墓碑のほか多数の石灯籠を整然と配している。
藩主の墓碑は、いずれも亀趺円頭型の壮大なもので江戸時代大名墓所の代表的なものの一つである。

財団法人 史跡鳥取藩主池田家墓所保存会

(説明板より)



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