池田斉訓 いけだ・なりみち

文政元年(1819年)〜天保11年(1841年)


池田斉訓公の墓



鳥取藩第9代藩主・池田斉訓公の墓
(鳥取市(旧国府町)奥谷・鳥取藩主池田家墓所)




(平成16年11月20日)

鳥取藩第9代藩主

8代藩主・池田斉稷の実子。
1826年(文政9年)に養子の斉衆が逝去したため、嫡子の取扱となり幕府の許可を得て世子となる。
1831年(天保2年)将軍・徳川家斉の前で元服式を行い、将軍の一字を賜り斉訓と改めた。
また、将軍の娘、泰姫との婚約も成立し、将軍家より特に厚遇されることになった。
1840年(天保11年)泰姫との婚儀が行なわれたが、翌年、病となり逝去した。21歳。
斉訓と死別した泰姫は江戸城に戻り、1843年(天保14年)17歳で逝去した。

池田家墓所 池田家墓所・山門
(鳥取市)

国指定史跡
鳥取藩主 池田家墓所


昭和56年10月13日指定

鳥取藩主、池田家墓所は、池田家初代光仲以下11代慶栄に至る、歴代藩主と藩主室等の墓所があり、75基の墓碑のほか多数の石灯籠を整然と配している。
藩主の墓碑は、いずれも亀趺円頭型の壮大なもので江戸時代大名墓所の代表的なものの一つである。

財団法人 史跡鳥取藩主池田家墓所保存会

(説明板より)



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