池田慶行 いけだ・よしゆき

文政13年(1831年)〜弘化4年(1848年)


池田慶行公の墓



鳥取藩第10代藩主・池田慶行公の墓
(鳥取市(旧国府町)奥谷・鳥取藩主池田家墓所)




(平成16年11月20日)

鳥取藩第10代藩主

鳥取池田家の分知家(東館)の池田仲津の長男・亀丸。
池田仲津は、池田仲雅の三男、池田仲雅は、本家である5代藩主・池田重寛の六男だったので、慶行は5代藩主の曾孫にあたる。
1841年(天保12年)9代藩主斉訓の逝去により、僅か10歳で鳥取藩主となる。
翌1842年(天保13年)将軍・徳川家慶の前で元服式を行い、将軍の一字を賜り、名を慶行と改めた。
慶行は体格が良かったようで、武器、刀剣を好み、華美な飾りは嫌ったという。
また、学問にも力を入れ、漢詩をよくしている。
さらに絵を描くことも巧みで、藩絵師・沖探容を師として学び、その腕前は相当のものであったという。
1848年(嘉永元年)僅か17歳で鳥取城で逝去。
生前、肥前佐賀藩主・鍋島斉正の娘、貢姫と婚約していたが、慶行の逝去により流縁となった。

池田家墓所 池田家墓所・山門
(鳥取市)

国指定史跡
鳥取藩主 池田家墓所


昭和56年10月13日指定

鳥取藩主、池田家墓所は、池田家初代光仲以下11代慶栄に至る、歴代藩主と藩主室等の墓所があり、75基の墓碑のほか多数の石灯籠を整然と配している。
藩主の墓碑は、いずれも亀趺円頭型の壮大なもので江戸時代大名墓所の代表的なものの一つである。

財団法人 史跡鳥取藩主池田家墓所保存会

(説明板より)



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