慈海 じかい

寛永元年(1624年)〜元禄6年2月16日(1693年3月22日)


慈海僧正墓



慈海僧正墓
(東京都台東区・寛永寺)





(平成19年12月28日)

慈海僧正じかいそうじょう (都旧跡)

台東区上野桜木1丁目14番11号 寛永寺

墓石の正面中央に、聖観世音菩薩の像を掘り右側には「当山学頭第四世贈大僧正慈海」左側に「山門西塔執行宝園院住持仙波喜多院第三世」、背面に「元禄六年癸酉二月十六日寂」と刻む。
慈海僧正、学徳をもって知られ、東叡山護国院、目黒不動尊、比叡山西塔宝園院、川越仙波喜多院を経て東叡山凌雲院に入った。
東叡山は、寛永寺一山の山号で、一山を統轄、代表する学頭には凌雲院の住職が就任することを慣例としたという。
学頭は、また門主・輪王寺宮の名代をつとめうる唯一の有資格者であり、学頭の名のとおり宮や一山の学問上の師でもあった。
慈海版として知られる「法華経」「薬師経」の翻刻や「四教義算注」「標指鈔」30巻の著作がある。
寛永元年(1624)目黒で誕生。
70歳で没した。
没後、公弁法親王の奉請によって大僧正の位が贈られた。
墓は、初め凌雲院内にあったが、昭和33年東京文化会館建設のため寛永寺に移った。

平成4年11月
台東区教育委員会

(説明板より)



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