サンイシドロで慰霊祭

(サンアンドレス)


平成17年11月20日

レナチン川での慰霊を終えて続いてサンイシドロでの慰霊に向かう。
帰り道を戻り途中で横道に入った気がするのだが・・・
なにせジプニーの荷台に乗っているので、外の様子が良くわからない。
とにかく揺れる車内で体を支えていることで精一杯。
外の景色を見ている余裕なんてありゃしない。

まもなくバスケットコートのある小集落に着いた。
ここが”サンイシドロ”なのか?

サンアンドレス小学校 サンアンドレス小学校
(SAN ANDRES ELEMENTARY SCHOOL)

すぐ近くに”サンアンドレス小学校”が見える。
ということは・・・ここは”サンアンドレス”という町ではないのか?
ガイドさんの話では、名前が変わったというのだが・・・
どうも納得できないなぁ〜

単なる私の勘なのだが、ここは”サンイシドロ”ではないのではないだろうか?
地図を見てみたが、”サンアンドレス”という名前が載っていない。
現在地は多分この辺だろうと見当をつけてみたが、もし、それが正しいとすると、”サンイシドロ”はここから約5キロほど北にあることになるのだが・・・・・
そして更にその北に川北大隊の多くの将兵が戦没した”高千穂原”があるはず。

しかし、このあたりはフィリピンゲリラの勢力範囲内。
もしかして、そのことがあってガイドさんは故意に手前の村を”サンイシドロ”ということにして、ここで慰霊祭を行なわせるつもりなのかも知れない。
(これも私の勘なのだが・・・)
それなら、それで仕方がない。
余ほどのコネクションでもなければ奥地には立ち入らないほうがいい。
慰霊団が全員誘拐されたんじゃ洒落にならない。

吉村隊(第6中隊)で”サンアンドレス”で戦没している方々がいるが、その”サンアンドレス”はここではなさそうです。
地図からいうと、この新しい”サンアンドレス”より東へ直線で約4〜5kmのところにある日本軍名『義経山』がある”サンアンドレス”だと思われる。
ということは・・・・
同じ名前の村が2つあるのか?それともこの地に移転してきたのか?
なんともややこしい。

慰霊祭 ”高千穂原”方向に向かって慰霊祭を行なう。

慰霊を終えて、周囲に集まってきた子供たちに”お土産”を配ります。
これはどこへ行っても行なわれる”お決まり”の行事。
私は何も持ってこなかったのですが、参加者の皆さんは、いろいろお持ちになっていました。
小さなぬいぐるみやら鉛筆やらキャンディーやら・・・・
私は、随分昔に三笠宮崇仁殿下からいただいた菊の御紋付きのタバコだけしか持参してきませんでした。
これを慰霊祭の祭壇の隅っこにチョコンと置かせて頂いたのですが・・・・
飴玉くらいは持ってくるべきだったかな?(ちょっと後悔)

今日の巡拝慰霊の予定はここで終り。
この後は、真っ直ぐホテルに戻ります。


 


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