(テレサ)
平成17年11月21日 |
2泊したホテルをチエックアウト。
連日早朝の出発だが、我ながらよく早起きが出来たもんだと関心。
昨日、ガイドさんに「テレサという町に慰霊碑があるんですよね」という話をしたのだが、今朝になって「テレサの慰霊碑に立ち寄ってみましょうか?」というお話を頂いた。
どうせ今から走る途中にあるし・・・朝早い出発なので時間の余裕もあるし・・・・
ということで、予定外の”慰霊碑訪問”となりました。
ガイドの”じゅん子”さんも、この慰霊碑にはしばらく訪問していないということ。
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1年半ぶりに訪れた場所には・・・家が建っていました。 |
さて・・・この辺なのだが・・・
道の形は記憶に残っているY字路なのですが、そこにはコンクリート製の新しい家が建っています。
「アレレ?ここだったような・・・こんな感じの場所だったような・・・」
「いや、間違いない!ここだ!家が建っちまってる!」
ここの住人に尋ねたところ家の中庭に慰霊碑の残骸が残っているとのこと。
他の参加者にはバスの中で待って頂いて、私一人がこの家の中に入れていただきました。
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慰霊碑跡 慰霊碑からは銘板が外されていました。 (多分日本に帰っていったのでしょう) 慰霊碑は徳島県遺族会青年部が作ったものです。 (昨年の旅日記を参照) |
慰霊碑のある場所の住人は新しい人に変わっていたようです。
中庭はトタン板で囲まれていて、慰霊碑跡の周りは洗濯物の物干場になっていました。
この慰霊碑は、今回我々の団体にも同行してくれた現地ガイドのチコさんが作ったのだとか。
彼も慰霊碑が消滅してしまったことにショックを受けていたようです。
この他にもガイドさんからショッキングな話が・・・・
今年の5月に訪れたレイテ島のブラウエンの慰霊碑は今年の12月に撤去されるのだそうです。
現在、土台の部分を壊しているのだとか・・・・
ああぁ〜また一つ慰霊碑が消えていくのか・・・
戦後60年も経つのだから仕方がないのかも知れませんが・・・・
慰霊碑が無くなるということは、この場所で多くの人が亡くなったという”証拠”がなくなるという事。
それでは英霊達は忘れ去られてしまうのではないか?
彼らを忘れ去って「二度と繰返しません」とか言えるのだろうか?
慰霊碑を多くの日本人が訪れることで、迷惑をかけた地元の人達に何か恩恵を与えられるのではないだろうか?
慰霊碑が無くなるということは、日本人は誰ももう来ないという事ですね。
英霊の皆さん申し訳ない。
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移動途中でバナナを買う |
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バナナ屋さん? |
ここで、いわゆる「モンキーバナナ」を買いました。
小さなバナナですが、(写真を撮るのを忘れた!)60本ぐらい付いていたんじゃないだろうか?
この房一つが30ペソ(60円)。
これを参加者皆さんにお分けしました。