菊池容斎 きくち・ようさい

天明8年11月1日(1788年11月28日)〜明治11年(1878年)6月16日


旧姓は河原。
本家の伯父の死後、その菊池姓を継ぐ。
名は武保、通称量平。
江戸生まれ。
文化2年(1805年)狩野派の画家・高田円乗に師事。
のち土佐派・円山四条派など諸派の画風を学び、また中国画や西洋画も摂取した。
歴史人物画に優れ、明治元年(1868年)日本史上の人物500余人の像を描いた『前賢故実』を出版。
代表作は『堀河夜討図額』『阿房宮図』


菊池容斎墓



菊池容斎墓
(東京都台東区谷中・谷中霊園)





(平成19年12月28日)

東京都指定旧跡
菊池容斎墓

所在地 台東区谷中7丁目 谷中霊園
指定   昭和18年12月

容斎(1788〜1878)は江戸時代中期の著名な歴史人物画家である。
名を武保、量平と称し、容斎は号である。
与力菊池武長の養子となり、18歳の時、高田円乗の門に入って狩野派の画法を学び、絵を極むるには先哲の古跡を研究する必要を感じた容斎は、これにお専心して一家を成した。
容斎は有識衣冠の人物、官女遊女雅俗の人物を得意として、古代の面影をほうふつとさせる妙をきわめた。
のち、京畿に遊んで古代の真髄を学び、作品は実に多数にのぼった。
88歳の時アメリカ博覧会に出品して賞牌を受けた。
明治11年6月16日、年91歳の天寿を全うして没した。

平成10年3月 建設
東京都教育委員会

(説明板より)



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