(群馬県館林市城町2−3 館林市第二資料館敷地内)
平成16年9月12日
群馬県指定重要文化財
旧上毛モスリン事務所 附棟札
指定:昭和53年10月13日
所在地:館林市城町2番3号
員数:1棟及び1枚
時代:明治時代
木造二階建入母屋造り、1階255平方メートル、2階208平方メートルのこの建物は、上毛モスリン株式会社の事務所として明治41年(1908)から43年にかけて館林城二の丸跡に建てられたものです。
外観はシンメトリー(左右対称)を基調とし、窓は上下開閉式、屋根の張り出しは浅く、基礎は近県産の花崗岩と大谷石を組み合わせ、柱、階段の手すり、天井等に洋風の意匠が取り入れられている一方、和風建築の基本である尺貫法や小屋組構造を用いた建物であり、明治期の洋風志向の特徴をよくあらわしています。
上毛モスリン株式会社は、館林周辺の伝統的技術である機業を活かして近代的製織会社として設立されました。
産業振興とともに、鉄道の敷設に伴って道路の新設(モスリン新道)を行うなど町の近代化を支え、その後、共立モスリン、中島飛行機、神戸製絲と変遷しますが、いずれも館林の基幹産業として地域の発展に寄与してきました。
擬洋風建造物として群馬県下でも有数のもので、この地域の近代史を知る上で欠かせない貴重な文化財です。
昭和54年から55年にかけて現在地に移転し復元されました。
平成3年3月
群馬県教育委員会
館林市教育委員会
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館林市第二資料館 開館時間:午前9時〜午後5時 休館日:毎週月曜日、祝日の翌日、年末年始 入館料:無料 |
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玄関 |
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2階への階段 |
玄関ホールと表階段
玄関ホールは左右に小部屋を配し、花崗岩製の階段を3段上り、その左手に2階へあがる表階段を設けています。
この階段は「中空折曲おりまがりささらげた階段」と呼ばれ、親柱・手摺てすりなどに刳形くりがたの装飾をほどこし、重要な意匠いしょうのひとつです。
また、階段下の小部屋は受付または電話室として、使用されていたと言われています。
(説明板より)
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1階事務室 |
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1階事務室の金庫 |
1階事務室
玄関から続く中央部に廊下を設けた廊下式で、左右に事務室を分けています。
廊下と事務室の境にある左右2本づつの欅けやき柱は、中央部にふくらみを持たせたエンタシス式をし、建築当時のままですが、事務室を仕切る左右の腰間仕切は、推定復元したものです。
また、左側事務室奥には外部をレンガ積みにした耐火構造の、金庫及び書庫があります。
(説明板より)
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モスリン |
モスリン
モスリンという織物は、羊毛などの繊維を伸ばし、長さをそろえ、ケバなどを取って糸にしたものを織りあげる、梳毛そもう織物のひとつで、柔らかく手触りの良い布地。
はじめ、アジアのティグリス河畔のモスール地方で造られたのでいう。
明治初年日本に輸入され、一般にメリンスとも呼ばれた。
上毛モスリンでは、モスリンを独自に開発したものであった。
新工場建設に伴い、大型の機械を導入し、しだいに市場を広げていった。
(説明板より)
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2階事務所 |
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2階事務室 |
2階事務室
2階はおもに中央の部屋と表階段をはさんで、左右の部屋から成っています。
表階段右側の部屋は、上等なクロス貼りで天井を飾るなど、他の室とは異なる装飾がなされていました。
中央奥にある左右の小さな部屋は、左側が湯沸室・右側が1階へ降りる裏階段になっています。
(説明板より)
上毛モスリン株式会社
上毛モスリン株式会社は、館林地方の伝統産業である機織業を活かした近代的織物会社として荒井藤七、鈴木平三郎らが中心となって明治29年(1896)毛布織合資会社として設立されました。
明治35年には「上毛モスリン株式会社」と改称し、明治42年に旧館林城二の丸跡に工場を移転します。
この工場は、当時の館林では比較的大型の工場や近代的な設備を導入し、町の基幹産業として近代化の発展に寄与してきました。
最盛期の大正中頃には、従業員約2,000人の大工場として町の発展を支えてきましたが、大正末期に倒産し、その後、共立モスリン、中島飛行機、神戸製絲と会社が変遷し、上毛モスリン時代の建物は増改築が繰り返されてきました。
昭和53年には、工場内にあった本建造物が「旧上毛モスリン事務所」として、群馬県の重要文化財に指定され、移築保存が図られましたが、平成4年の神戸製絲(株)の新工場移転に伴い、翌5年にはすべての建造物が解体されました。
(展示パネルの説明文より)
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