旧長浜駅舎

(長浜鉄道スクエア)

滋賀県長浜市北船町1−41


旧長浜駅舎 平成18年4月8日

現存最古の駅舎

長浜〜敦賀間、鉄道開通の歴史の証言者が旧長浜駅舎です。
敦賀線(北陸線)の起点駅として、また長浜〜大津間の鉄道連絡船の駅として、1880年(明治13)に着工、1882年(明治15)3月10日の鉄道開通と同時に完成しました。
1889年(明治22)7月、東海道線新橋〜神戸間の全通とともに鉄道連絡船が廃止、1903年(明治36)には現在の長浜駅の位置に新しい駅舎が完成して、旧駅舎は20年間にわたる長浜の鉄道の玄関としての、また日本の鉄道交通の要としての役割を終えました。
1958年(昭和33)10月、現存する最古の駅舎として「鉄道記念物」に指定され、明治の鉄道の姿を今に伝える歴史資産として、大切に保存しています。

駅舎のあらまし

旧長浜駅舎は、東西24.5m、南北9.7m、木骨構造の石灰コンクリート造り2階建ての建物です。
外壁はコンクリート素面仕上げで、壁の厚さは50cmもあります。
四隅の角は花崗岩の切石を積み、窓枠と出入口はレンガを使ってあります。
1階は駅事務所と待合室、2階は敦賀線の管理を扱った鉄道事務部門がありました。
1階、2階ともに暖炉が設けられ、回り階段、彫刻入りの欄干など鹿鳴館調の建築様式で、まちの人々を驚かせた西洋館だったことでしょう。
当時、「駅」という新しい機能をもった公共建築は珍しく、イギリス人技師のホルサムが設計を担当しました。
また、ホルサムの監督のもと神戸の稲葉弥助が工事を請け負ったという記録が残っています。

(リーフレットより)

長浜鉄道スクエア
長浜鉄道スクエア

(滋賀県長浜市)

旧長浜駅舎・長浜鉄道文化館・北陸線電化記念館

開館:午前9時30分〜午後5時
入館料:大人300円
休館日:12月29日〜1月3日


(平成18年4月8日)
出札口



出札口
(旧長浜駅舎)





(平成18年4月8日)
1・2等待合室



1・2等待合室
(旧長浜駅舎)





(平成18年4月8日)

1.2等待合室(上・中等)

当時の記録によると、2等待合室にはビロード張りクッションの長椅子3個、八角形の釣ランプが取り付けられていました。
3等待合室と比較すると格段の差があり、上層階級(高級官僚等)の人々が利用したと思われます。

(説明板より)

駅長室



駅長室
(旧長浜駅舎)





(平成18年4月8日)

駅長室

初代駅長は、のちに初代東京駅長になった高橋善一氏で、彼が生前語った話によると、明治15年(1882)の開業当初は柳ケ瀬駅までの7つの駅長を兼ね、自ら列車に乗り込み、バスのの車掌のように白と赤い木札(切符)を売りました。
また当時、お客が出す金は、天保銭、文久銭、一厘銭等が入り混じり、運賃集計で頭を痛めたと語り伝えられています。

(説明板より)

高橋善一氏



長浜駅初代駅長 高橋善一氏

(展示写真より)





(平成18年4月8日)
制服



初代長浜駅長 高橋善一氏当時の制服

(旧長浜駅舎・駅長室)





(平成18年4月8日)

長浜鉄道文化館



長浜鉄道文化館
(旧長浜駅舎に併設)

資料展示館です。



(平成18年4月8日)

長浜鉄道文化館

ネリテイジ・センター長浜鉄道文化館は、財団法人日本ナショナルトラストが財団法人日本宝くじ協会の助成を得て建設し、長浜市・長浜観光協会が管理運営を行っています。
財団法人日本ナショナルトラストは、貴重な自然景観やかけがえのない文化財・歴史的環境を保存し、利活用しながら後世に継承していくことを目的に、イギリスのナショナルトラストを範として1968年(昭和43)に設立された公益法人です。
自然・歴史的環境を守り、活かし学ぶ拠点として文化館の建設を進めています。

(リーフレットより)


北陸線電化記念館



北陸線電化記念館
(旧長浜駅舎に併設)





(平成18年4月8日)

北陸線電化記念館

かつて北陸本線米原―福井間は途中で険しい山地を越えるため、急な坂やトンネルが数多くありました。
蒸気機関車の牽く列車では乗客は煙に悩まされ、列車のスピードも輸送力も低く抑えられていました。
そこで長いトンネルを新しく掘り、電化、複線化して、輸送力を増すことが計画されました。
まず1957(昭和32)年に田村―敦賀間が複線となり、交流で電化され、さらに1962(昭和37)年に当時日本最長の北陸トンネルが開通して、福井まで電化されました。
この記念館はかつて活躍したD51形蒸気機関車と電化後に登場したED70形交流電気機関車を並べて展示しています。

(リーフレットより)

D51形793号 蒸気機関車




D51形793号 蒸気機関車






(平成18年4月8日)

D51形793号 蒸気機関車

D51形793号 蒸気機関車は、ダイナミックな雄姿から”デゴイチ”の愛称で広く親しまれ、1,115両も製造されました。
このD51形793号機は1942(昭和17)年11月18日に三菱重工(株)で製造され、東北・東海道・中央・北陸の各線を、1970(昭和45)年まで27年余り走りました。
その走行距離は1,784,000kmで、地球を約44周したことになります。
1970(昭和45)年10月に「消えゆく蒸気機関車をぜひ長浜で保存したい」という市民の声にこたえ、当時の国鉄金沢鉄道管理局から貸与されました。
はじめは豊公園に展示していましたが、SL北びわこ号の運行を記念して、1995(平成7)年12月この場所に移し、2003(平成15)年7月17日この記念館で新たに展示しました。

【D51 793号機】
車軸配置 IDI(ミカド型)
最大長 19.7m
機関車重量 77.7t
炭水車重量 47.4t
ボイラ圧力 15kg/cm2
動輪直径 1,400mm
最高運転速度 85km/h

蒸気機関車の記号と番号
(国鉄時代の形式・称号の規定による)
D=動輪(動力が直接に伝えられる車輪)が4軸の機関車
51=形式をあらわします。詳しくは下記の《参考》をご覧下さい。
793=D51形の793番目に製造された機関車

《参考》
動輪2軸のタンク機関車=B10〜B49
動輪3軸のタンク機関車=C10〜C49
動輪5軸のタンク機関車=E10〜E49
動輪2軸のテンダ機関車=B50〜B99
動輪3軸のテンダ機関車=C50〜C99
動輪4軸のテンダ機関車=D50〜D99

(説明板より)

ED70形1号 交流電気機関車



ED70形1号 交流電気機関車







(平成18年4月8日)

ED70形1号 交流電気機関車

ED70形1号 交流電気機関車は、日本で最初の営業用60ヘルツの交流電気機関車です。
交流の電気機関車であることを示す赤色に塗られ、19両製造されました。
このED70形1号機は1957(昭和32)年7月に三菱電機(株)で製造され、田村―敦賀間の交流電化区間で、1975(昭和50)年4月まで18年余り活躍しました。
その走行距離は1,473,000kmで、地球を約37周したことになります。
その後は最初の営業用交流機関車の1号機として、敦賀機関区の構内に保存していましたが、傷み方も激しくなり屋内保存をするため、西日本旅客鉄道(株)が2003(平成15)年4月に復元し、近代化遺産として(財)日本ナショナルトラストに寄贈しました。
同財団は、この北陸電化記念館を建設して2003(平成15)年7月17日に展示しました。

【ED70 1号機】
車軸配置 B−B
最大長 14.3m
機関車重量 64t
電気方式 単相交流20,000V、60Hz
整流方式 水銀整流器
最高運転速度 90km/h

電気機関車の記号と番号
(国鉄時代の形式・称号の規定による)
E=電気(エレクトリック)の英語の頭文字で電気機関車をあらわします。
D=動輪(動力が直接に伝えられる車輪)が4軸の機関車
70=形式をあらわします。詳しくは下記の《参考》をご覧下さい。
1=ED70形の1番目に製造された機関車

《参考》
最高時速85km以下の直流機関車=10〜29
最高時速85km以下の交流と交直流機関車=30〜49
最高時速85km以上の直流機関車=50〜69
最高時速85km以上の交流と交直流機関車=70〜89
試作の機関車=90〜99

(説明板より)


 (関連商品のご紹介)

  蒸気機関車  SL  電気機関車


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