旧リンガー住宅

長崎県長崎市・長崎グラバー園


旧リンガー住宅 平成19年3月26日

旧リンガー住宅

指定:          国指定重要文化財(昭和41年6月11日)
所在地及び所有者: 長崎市南山手町2番地 長崎市
建築年代:       1868(明治元年)〜1869(明治2年)
構造形式:       石造、平屋建、下層式ベランダ付、寄棟造桟瓦葺

この家にはイギリス人フレデリック・リンガー(F.RINGER 1840〜1908)が明治時代に住んでいました。
幕末から明治になったばかりの頃の洋館の代表的な姿がここに見られます。
わが国に例の少ない石造りの洋風住宅で重厚な中に優美さが漂っているのが特色です。
中国広東茶の熟練検査官だったリンガーは1864(元治元年)頃から長崎入りして1868(明治元年)11月、グラバー商会を退社してイギリス人E.Z.ホームと共同で大浦12番地に「ホーム・リンガー商会」を設立しました。
その後、リンガーは茶の製造輸出を手始めに製粉、瓦斯(ガス)、発電などの事業に幅広い活動を始め、明治、大正、昭和初期を通じウラジオストックなど海外各港との貿易業務、各国商社代理業務にたずさわりました。
居留地の英字新聞ナガサキプレスを刊行したり(昭和4年廃刊)、捕鯨業やわが国初のトロール漁業(グラバーの息子倉場富三郎と共同)、そして長崎市の上水道敷設などにも大いに尽力するなど長崎の殖産興業に力を注いでいます。
スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどの名誉領事にも就任して、長崎の平和的な国際交流に力を注ぎました。
1907(明治40年)イングランドのノーフォークへ一時帰郷しました。
しかし、再び日本を訪れる日はありませんでした。

長崎市

(説明板より)

旧リンガー住宅



旧リンガー住宅

(長崎市・グラバー園)





(平成19年3月26日)

平面図 (説明板より)

応接室
居間

重要文化財旧リンガー(弟)住宅修理記

事業概要
半解体修理工事
着工 昭和47年1月1日
竣工 昭和48年8月31日
総工費 47,268,000円
収入内訳 23,634,000円 国庫補助額
       23,634,000円 長崎市負担額
事業主 長崎市

この住宅は、明治初年頃英国人フレデリックリンガーが建設し、その次男シドニーアーサー、さらに孫ヴァニヤに受け継がれてその居宅となり、第2次世界大戦に伴い昭和17年リンガー家の本国引揚げのあとは川南造船所の寮となった。
戦後、再びリンガー家に返却され一時は米国原爆傷害調査委員会の職員宿舎に充てられたが、昭和41年12月土地・建物共長崎市が買収し、長崎における代表的明治洋風建築の一として保存されることになった。
当初の施工者は、熊本県天草出身小山秀之進と伝えられ、木及び石造一階建、屋根は和小屋に桟瓦葺、四面ともベランダを廻し、背面に附属屋を設けたものであった。
明治25年頃背面に化粧室、浴室、調理室等を整備する改修が行われ、中廊下を廃して食堂を拡張、背面ベランダを拡げてホールを設けるなど、間取りが変更されている。
その後、工場の宿舎などに使用されるに当たって、各所に小規模な変更改修が行われた。
今回の修理に伴う調査の結果、建物の改修の沿革がほぼ明らかになり、可及的復原修理の方針を採用したが、背面については建立後間もない改造のため当初形式が不明の箇所もあるため、明治中期頃の姿に復旧整備することとした。

(説明パネルより)


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