元マニラ防衛隊(小林兵団)の戦跡

(ワワダム)


5月8日(第3日目)

山を降りていく途中で、いやに賑やかな音楽を流して登ってくる車と出会いました。
選挙運動の車です。
車体にベタベタと候補者のポスターが貼られています。
日本の選挙運動と大きく違うのは、候補者の名前を連呼せず、なにやら音楽をガンガン流していること。
日本だったら「○○でございます!頑張っております!○○でございます!」ってやるんだけどねぇ〜

オレンジ色のTシャツを着た集団。選挙運動員でしょう。トラックの荷台で美女がにこやかに手を振っています。
続く車もポスターがベタベタ貼られたトヨタや三菱製の車・・・・続々と登ってきます。
更に続くは・・・黄色のTシャツを着たグループ。候補者のポスターが違います。
更に・・・・更に・・・・結局、6人の候補者の選挙運動の車が一列になって登ってきたのであります!

こんな山の中に・・・・この先には小さな村しかないんだけど・・・・

何十台の車の列でしょう。延々と続いています。
ある候補者の車(トラック)は、荷台から何かを撒いています。
沿道の人たちが拾うところを見ると、ゴミではなさそうです。何か価値のあるものなんでしょうねぇ。
ということは・・・これは賄賂ではあるまいか?

余りにもおもしろいので、ついつい見とれて写真を撮るのを忘れちまった。大失敗!
それにしても、この車列のため狭い道は大渋滞。
わずか20キロを走るのに1時間もかかっちまった。勘弁してくれぇ〜

モンタルパンの平地

更に一山越してやってきましたモンタルバン(MONTALBAN)。
この平地がモンタルバンという町だそうです。
さて、小林兵団が戦った”ワワダム”というダムがあるのは、写真中央の山の向こう側。
写真中央手前右側の大きな山が日本軍名『芙蓉山』なのだろうか?
そうだとすれば、左にある山が『神州山』ということになるのだが・・・・
そうなると・・・『礼儀山』はどこになるんだ?
さっぱりわからねぇぞ。
どっちが北やら南やら・・・方位磁石をリュックの一番下に入れてしまった私が馬鹿だった・・・・持ち歩かねば意味がない。

このワワダムを中心とした一帯がマニラ防衛司令官・小林隆少将が率いる小林兵団の防衛担当地区です。
昭和20年1月にマニラからこのワワ地区にやってきました。
所属した部隊は雑多な臨時編成部隊がほとんどでした。
2月にマニラで市街戦を展開している岩淵海軍少将の部隊の救出のため、ここから反撃部隊を出発させますが反撃に失敗、マニラに近づくことも出来ず反対に米軍の攻撃を受ける羽目に陥りました。
米軍は2月末から3月にかけてワワ地区の南部を攻撃しましたが、ここに展開していた池田元良少佐の噴進砲第3大隊のロケット砲やレイテに行く予定が戦況の悪化により行けずにこちらに配属になった出倉利信中佐の中迫撃砲第4連隊(中迫撃砲24門・保有弾薬1万発)の攻撃を受けて大損害を出しています。
しかし、5月中にはこの一帯は米軍に殆ど占領されてしまいました。
このワワ地区(モンタルバン・ワワダム)での戦没者は35,920名とされています。

ワワダムのある谷間

丁度お昼にワワダムのある谷間に到着。
写真左の山が日本軍名『万古山』、右が『千秋山』です。

千秋山 『千秋山』

臨時歩兵第7大隊(阪東大尉)、臨時機関銃第12中隊(米田中尉)などが布陣していた山です。

ワワダム

写真中央奥に見えるのが”ワワダム”です。
写真右側の崖の中腹に洞窟陣地が残っています。

洞窟陣地の内部 上の写真に写っている洞窟陣地の内部です。

ドミンからは危ないからと言われましたが、ちょいと登って中を覗いてみました。
内部は思ったより広く、2〜3人は入れそうな広さでした。
ワワダム これが”ワワダム”です。
はぁ?これが・・・・ダム・・・・
意外にも小さいので驚きました。

現在はここは観光地になってしまっているようでした。
ダムの上流ではボートで遊べる天然プール、ダムの下も天然のプールになっていて、多くの人達が水浴びして遊んでいました。

ドミンが現地の人にこの上流に日本軍の慰霊碑がないか尋ねましたが、みんなこの上流には何もないと言うので途中で帰ることになりました。
でも、この上流には日本軍の野戦病院跡があったはずなんだけどなぁ〜
「もう少し行ってみませんか?」
「いや、この先には何もないって言ってるから戻りましょう。」
暑いしね。崖沿いの道は歩きづらいしね。帰りたい気持ちはわからないでもない・・・・

対岸の洞窟陣地跡 対岸の山の中腹にも洞窟陣地が残っています。

なんとか対岸に行きたかったのですが、ドミンから危険だから駄目だと言われ断念しました。
う〜ん、ちょっと欲求不満。

慰霊碑の銘板

対岸の絶壁に『慰霊碑』の銘板があるのを発見しました。
写真中央の木の枝の先のところで少し隠れていますけど・・・・
肉眼で『慰霊碑』と読めますが、その下の文字は全く見えません。
ちなみに私の視力は1.0です。
しかし、どうしてこんな絶壁に付けちゃったのかねぇ〜
しかも対岸じゃ見に行けない。
なんて書いてあるのか気になるなぁ。
この銘板の斜め左下にかなり大きな洞窟陣地の入口が見えます。
う〜ん、やっぱり対岸に行きたかった!残念無念。

午後1時、ワワダムを出発。
サンマテオ(SANMATEO)、マリキナ(MARIKINA)を経由して南下します。
ここはりザール州。ちなみに午前中に行ったイポダムがあったところは隣りのブラカン州です。
時刻は2時。さすがに腹が減った〜

 


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