レイテ島のマッカーサー像

(レイテ島・パロ・レッドビーチ)


平成17年(2005年)5月6日

午前3時前に起床!これは奇蹟に近い。ということは・・・・2時間程度しか寝ていないということか。
よく起きることができたもんだと我ながら関心しました。

4時にロビーに降りてチェックアウト。このままロビーでドミンが来るのを待つ。
この間、面白いものをたくさん見かけた。人間模様という奴です。
午前4時だというのに、若い女の子がエレベーターで降りてきました。
すぐにフロントで捕まって・・・・ホテルの人が客室に電話を入れている。
客に確認の電話を入れているのです。
はは~ん。客に部屋から追い出されたな。わがままそうな顔してるからトラブルでも起したか。
そのうち美人の女の子が2人、外からやってきてエレベーターで上にあがっていきました。
ん?午前4時に?朝帰り?女だけで?どういうこと?

そのうちドミンがやってきました。
よし!空港へ行くぞ!旅行社手配の車に乗り、まだ真っ暗な中、空港へ向かいました。
国内線専用のターミナルは早朝だというのに意外にも結構混んでいました。
ステラさんの話によれば、国内線は出発45分前にチェックインしないとキャンセルになってしまうんだとか。
5時に到着だからセーフ!
ターミナル入口で身分証明書(私はパスポート)のチェック、続いて手荷物とボディーチェック。
この先のチェックインカウンターでチェックインするはずなんですが・・・・なぜかドミンがオロオロしている。
チェックインするカウンターがわからないらしい。
「ねぇ~ドミン、俺たちどこへ行くの?レイテ?」
「タクロバン!」
「あっ、タクロバンなんだ~。タクロバン行きのチェックインカウンターはあっちだけど・・・」
何で私が教えてあげないといけないのかな?(ドミンは寝ぼけていたか?)
ドミンがチェックインして空港税(一人100ペソ)を払っている間、私はレイテ島の戦跡資料の読み直しをする。

ここから先でもう一回手荷物とボディーチェック。(しつこいねぇ~)
やっと搭乗ロビーに着いたので、ここでコーヒーを飲んで時間を潰す。

ドミンが昨日までの経費の明細を作ってきてくれた。
初日に2,000ペソ渡していたが、3,098ペソ(6,196円)使っていて、1,000ペソ以上立替えていた。
明細を見たら・・・・?
見に覚えのない経費がいくつかある。
ワイン?何これ?
「ほら、あんたの誕生日にみんなで飲んだじゃないか」とドミン。
はぁ?あの・・・僕の誕生日にみんなで飲んだお酒は・・・僕のお金で買ったものなの?
笑うしかない・・・・・。
立替えてくれた分とレイテ1泊2日の経費合わせて2,000ペソを渡す。

タクロバン行きの飛行機 レイテ島タクロバン空港行きの飛行機

プロペラ機かと思っていたらジェット機でした。
午前6時発PR191便

飛行機代は税込み往復で一人6,451ペソ(12,902円)

午前5時半、搭乗を開始。
機内は片側3席で真ん中に狭い通路。
あらぁ~狭い飛行機だこと・・・・・しかも、間違って座っている奴が多いから彼らが席を移るので機内は大混雑。
あのねぇ~。座席番号をちゃんと見てるのかね?
私の席にも別の人が座っていたので、座席を移ってもらった。

機内食はチョコレートのパウンドケーキひと切れとコーヒー。(やっと朝食)
飛行時間は約1時間。
睡眠不足だったためほとんど寝ていました。

途中の島 途中でどこかの島の上空を通過。

フィリピン全体の地図を持ってきていなかったので何という島なのかわからない。(失敗したぁ~)
タクロバン空港 午前7時15分、タクロバン空港に到着。

飛行機を降りてテクテクと歩いてターミナルに向かいます。
空港というより”飛行場”ですね。

小さなターミナルをあっさり抜けて外に出て、旅行社手配の運転手と会う。
ここからチャーターした乗用車でタクロバンの町へ向かいました。(そこで朝食を食べるという)
車内で自分で作ってきた戦跡の資料を見ながら現在位置を確認するのだがよくわからない。
「あのぉ~サンホセってどこ?」
「もう、通過しました。」
ありゃ~
レイテ島には初めて来たからね。どっちが北やら南やら・・・・
タクロバンの町に入る。結構大きな町です。
「ここがビジネス街、ここがショッピングアーケード・・・・」とドミンが説明してくれるのですが・・・
私には全く興味のない説明ばかり。
私は戦跡を知りたいんですけど~

タクロバンの町の中のハンバーガーショップで朝食を摂る。
3人で203ペソ(406円)

さぁ!食事も終わった!行くぞ!
まず最初にパロ(PALO)にあるレッドビーチに向かう。(車で約20分)

マッカーサーランディングメモリアルパーク

マッカーサー・ランディング・メモリアル・パーク
(MACARTHUR LANDING MEMORIAL PARK)

マッカーサーと幕僚の銅像 レッドビーチに上陸したマッカーサーと幕僚達の銅像
先頭の帽子を被った人がマッカーサーです。

早朝だったため、逆光!
しまった・・・このビーチは東海岸だった。
LEYTE LANDING
ON THIS SPOT,PALO,LEYTE,GENERAL DOUGLAS MACARTHUR RETURNED TO THE PHILIPPINES ON 20 OCTOBER 1944.
AND PERSONALLY LED THE SWIFT DRIVE AGAINST THE JAPANESE FORCES IN THE PHILIPPINES.
PRESIDENT SERCIO OSMENA AND SOME MEMBERS OF THE GOVERNMENT-IN-EXILE ARRIVED WITH GENERAL MACARTHUR AND PROCEEDED TO REORGANIZE.
RESTORE AND ADMINISTER THE GOVARNMENT OF THE COMMONWEALTH OF THE PHILIPPINES.
DECLARED A NATIONAL HISTORICAL LANDMARK 2004
レッドビーチ レッドビーチ

ビーチっていうんだけど砂浜はありません。
コンクリートの防波堤まで波が来ています。
多分、昔は砂浜があったのでしょう。

10月20日、米軍がこの海岸に上陸してきた時、この地区には歩兵第33連隊第1大隊(約1,000名)が守備についていましたが、午後には30人を残して全滅したといわれています。
(参考:筒井忠勝著『レイテ生き残り記』)

(平成18年1月8日追記)


マッカーサーの上陸祈念の銅像のすぐ近くに「平和の塔」のようなモニュメントがありました。

モニュメント マッカーサーの上陸50周年を記念して建てられたモニュメントです。

マッカーサーが上陸した地点が平和への第一歩ということか・・・
村山首相のプレート このモニュメントの周りには世界各国の首脳から寄せられたプレートが飾られています。

日本からは「永遠の平和」という村山首相のプレートが飾られていました。
敗戦国の首相がねぇ~
マッカーサーの上陸地点に平和の誓いをするのか・・・・

レイテ島地図


     


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