ミスター・ドミンと再会

(マニラ〜カバナツアン)


今回の戦跡訪問のガイドは前回の時と同じミスター・ドミンにお願いしました。
彼は今年73歳。元々はプロのカメラマン。
若い時からずっと日本の戦跡調査、遺骨収集、慰霊団のお手伝いや慰霊碑建立の手伝いなどでフィリピン中を歩き回ってきた人です。
しかし、日本語は全く話せません。
初めて彼にガイドをお願いしたときには、正直言って英語しかコミュニケーションの手段がないのには困惑したものでした。

2年ぶりの再会!
うわぁ〜なんとも懐かしい!
前回彼は私の為に撮ったフィルム3本を帰国時にプレゼントしてくれたのです。
私は彼はプロのカメラマンだから自分が撮った写真の出来を気にしてるだろうと思い焼き増しして持ってきました。
これが彼への土産です。
この写真を見ながら、2年前はああだった、こうだったと思い出話に花が咲く。

彼を同行させる最大のメリットは、プロのカメラマンだったこと。
私がどういう写真を撮りたいかを話すと、ベストな撮影ポイントを見つけて教えてくれる。
それと、彼自身が自分のカメラを持ってきてること。
私はビデオ撮影、写真撮影にノートへの戦跡等の記録と忙しい。
ついつい慌てていて写真を撮り忘れても、彼が自分のカメラでちゃんと撮っておいてくれるから頼もしい。

「前回は望遠しか持ってこなかったが、今回は広角レンズも持ってきたぞ」と嬉しそうに説明してくれる。
その心遣いがなんとも嬉しい。

両替は市中の両替商に頼む。
このほうがホテルで両替するよりレートが良い。(ホテルでのレートは1万円=3,800ペソだった)
今年は1万円が4,200ペソである。2年前の平成13年5月は1万円が3,920ペソでした。
ずいぶん有利なレートになっていました。
イラク戦争の影響があると言う。
今回は1日1万円として7万円を換金する。(この時点で換金しておかないと田舎では換金は不可能だから・・・)
1ペソを2.4円と換算して使用する

さて、ドライバー氏(名前を聞くのを忘れた。)は挨拶程度の日本語は話せる人。
しかし、会話となればもちろん英語でしか通じない。
彼は私を「シャチョォ〜、シャチョォ〜(社長)」と呼ぶ。
しかし、どういうわけか2日目からは「へィ、キョォ〜ダイ(兄弟)!」と呼びやがった。(笑)
おいおい、誰からそんな日本語を教わったんだぁ?
五分刈頭の色黒のガッチリした体格の44歳の男であるが、すこぶる気の良い男。ナイス・ガイである。

空港ではとんでもない目に遭って大幅に予定が狂ってしまった。
とにかく走れ!走れ!
マニラから北へ約120キロほど走ったところにあるCABANATUAN(カバナツアン)Cityまで走る。
所要時間約2時間半。
ドミン、ドライバーとの3人旅の始まりです。

ラ・パリリラ ホテル La Parilla Hotel

カバナツアンはヌエバ・エシヤ州の州都。かなり大きな町である。
その中でもこのホテルは高級な部類に入ると思われる。
セキュリティ(警備)もしっかりしている。
日本の巡拝慰霊団もよく利用するホテルである。
私はここは2度目の宿泊。
私の部屋の内部

エアコンはグワァ〜ン、グワァ〜ンと大きな音をたてるが、一応冷房は効く。
テレビは衛星放送系の映画チャンネル等が充実している。
”NHK衛星第2”も見ることが出来る。
(映像と音が少々悪いが・・・)
ホテルの室内風景
バスルームの風景 バスルーム

シャワーは一応お湯が出る。(少々ぬるいが・・・)
お湯が出るところに泊まれるなどというのは贅沢な部類である。
備え付けはシャンプーと石鹸とバスタオルのみ。
スリッパを持参してきて良かった。

      

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