明治4年11月21日(1872年1月1日)〜昭和16年(1941年)2月8日
前田曙山
浜焼はまやきをむしりつゝ
春はる惜おしむな里り
名は次郎、明治4年東京に生れた。
兄の太郎(香縁情史)が覗友社の一員であった関係から覗友社系の一人として明治24年には処女作「江戸桜」を「千紫万紅」に発表し、つづいて春陽堂の編集記者として活躍したが、大正の末年に至って、大衆文学「燃ゆる渦巻」その他を発表し大衆作家として文名を知られるに至った。
(説明板より)
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