満洲独立野砲兵第14大隊

編成地 編成時期 終戦時の所在地
愛知県名古屋 昭和19年 昌図

丹心の碑



「丹心」の碑

(愛知県名古屋市・愛知県護国神社




(平成15年11月28日)

丹心の碑(銘板より)

満洲独立野砲兵第14大隊(通称、満洲490部隊)は旧第3師団野砲兵第3連隊と歩兵第6連隊を原隊とし、昭和19年12月名古屋で編成した部隊である
編成後直ちに満洲に向かい、ソ満国境ハイラル守備の任に当ったが昭和20年8月3日南下して、昌図に待機中、15日の終戦を迎えたのである。
その後部隊はシベリアのハバロフスク北方、ウラン・ウデ収容所に送られ、厳寒と劣悪な食糧事情と戦いつつ労働に従事、辛労を重ねた。
昭和21年暮以降幸い生を保ち得た者はつぎつぎに故国に生還したが、祖国の土を踏むことも叶わずシベリアの凍土に永遠の眠りについた者も数多くある。
我ら生還者は昭和23年以来四九〇会(別称、しぐれ会)を結成し、毎年部隊戦歿者の慰霊と会員相互の親睦を重ねてきたが、終戦25年を記念し、平和国家の長久を祈るため、ゆかりの護国神社境内に本碑を建設することにしたのである。
本碑基金はすべて四九〇部隊生還者有志による浄財と労力奉仕によるものであり、「ウラン・ウデ日本人墓地の石」を中心に、日本全国の石を収集配置し、四海一体、愛憎一如の願いをこめたものである。

昭和48年6月3日
四九〇会建設委員一同


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