天草四郎像

益田時貞 ますだときさだ   

1623年(?)〜1638年2月28日

長崎県島原市 島原城内でお会いしました。


益田時貞は関ヶ原の合戦の後に帰農していた小西行長の遺臣・益田甚兵衛の子です。
「天草四郎」という名で有名です。
「でいうすの再誕」と言われ、象徴的な存在として一揆を指導しました。
初めは天草富岡城を攻め、後に島原・天草の一揆勢を統合して原城に籠城しますが、幕府軍の攻撃により3万7000人のキリシタン民衆とともに討死しました。


島原城天守閣に「島原の乱」の資料の展示があります。


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