武藤常介像 平成18年7月7日

武藤常介 むとう・つねすけ

明治23年(1890年)3月〜昭和38年(1963年)8月6日

茨城県常陸太田市・久昌寺の義公廟裏でお会いしました。


武藤常介像



武藤常介翁像
(茨城県常陸太田市・久昌寺)





(平成18年7月7日)

碑文

明治23年3月常陸太田市下大門 黒羽 源介二男に生れ清吉と名づく
大正2年3月茨城師範学校本科卒業
大正2年4月太田尋常高等小学校訓導
大正4年4月武藤安太郎の養子となり 長女ますと結婚四男三女をもうけ先代 常介襲名
大正5年5月太田実科高等女学校講師
大正14年4月太田町会議員(二期)
昭和7年12月太田町町長(三期)
昭和8年5月久慈川改修期成同盟会長
昭和17年5月県町村会会長
昭和21年4月衆議院議員
昭和25年5月県木材協同組合連合会長 県林業協会会長 全国木材連合会副会長
昭和28年4月参議院議員(二期)
昭和30年3月日本民主党参議院幹事長
昭和30年11月自民党総務
昭和31年2月労働政務次官
昭和33年6月自民党国会対策副委員長
昭和33年11月藍綬褒章授章
昭和37年1月参議院商工常任委員長
昭和38年8月従四位に叙され勲二等瑞宝章を受く
昭和38年8月6日没 行年73

翁は幼にして学を好み 長じて修身斉家治国平天下を理想として中央政界に活躍した
翁はひとえに郷土文化の発展を念じ 太田二高 義公廟の設立に尽瘁し また熱誠をもって郷土出身の先輩梅津翁を説いて 市庁舎の新築 文化研究所の創設を実現した
少壮より 郷土民の水害に苦しむを見て 生涯にわたり 災害防止と開発に精魂を傾け 久慈川改修等幾多の事績を残した
翁の右の功績は その謙虚にして誠実な天性の底に秘めた 烈烈たる正義感と 人のために尽くして労を惜しまぬ奉公心の然らしめるところである

昭和39年8月
東京大学名誉教授
法学博士 神川彦松撰並書


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