灘尾弘吉像 平成22年5月1日

灘尾弘吉 なだお・ひろきち

明治32年(1899年)12月21日〜平成6年(1994年)1月22日

広島県広島市中区基町・広島城の堀の西側緑地帯でお会いしました。


灘尾弘吉像
灘尾弘吉先生像
(広島市中区基町・広島城の堀の西側緑地帯)

平成10年4月18日 建立
灘尾弘吉先生顕彰像建立委員会
委員長 原田睦民

題字 元内閣総理大臣 宮澤喜一 書
碑文 元内閣総理大臣 竹下登 撰
彫像 吉田正浪 作

(平成22年5月1日)

碑文

灘尾弘吉先生は 明治32年12月21日広島県大柿町に生まる
広島県立広島中学校 第一高等学校を経て東京帝国大学法学部を卒業
内務省に入り大分県知事 厚生省生活局長 衛生局長 内務省地方局長等を歴任
とくに昭和20年惨害苛烈なる第二次世界大戦末期から終戦に及ぶ有史未曾有の国難に際しては 内務次官として国家の秩序 民政の維持に心血を注ぎ能くその重任を全うす
昭和27年推されて衆議院議員となり連続12回当選
文部大臣6度また厚生大臣として台閣に列し卓越せる指導力をもって混乱した教育行政の刷新 社会福祉政策の充実を図り民生の安定繁栄に全力を尽し さらに衆議院議長を連任 国権の最高機関たる国会の品格向上に裨益 国民の負託に応える
先生は性 深沈重厚 内に忠恕を旨とし清廉に徹し己を律すること凛然 外に断固たる信念を持し その高風は内外から篤く敬仰される
広島県 広島市及び大柿町は 先生に名誉県民 名誉市民及び名誉町民として顕彰する
平成6年1月22日薨去
従二位勲一等旭日桐花大綬章を贈られる
郷党茲に像を建てて英姿を偲び偉業を後世に伝う

平成10年4月18日
元内閣総理大臣 竹下 登 

灘尾弘吉像




灘尾弘吉先生像

(広島市中区基町・広島城の堀の西側緑地帯)





(平成22年5月1日)



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