楢橋渡銅像 (平成16年6月12日)

楢橋渡 ならはし・わたる

明治35年(1902年)3月22日〜昭和48年(1973年)11月17日

福岡県久留米市・五穀神社郷学の森でお会いしました。


楢橋渡先生の像



『楢橋渡先生』像
(福岡県久留米市・五穀神社郷学の森)




(平成16年6月12日)

碑文

楢橋渡先生は郷土が生んだ大政治家である。
苦学力行し、弁護士となり、更に中央政界に進み、法制局長官、国務大臣、運輸大臣を歴任す。
炎の政治家といわれ、常に庶民の中にあり、斗志を以て国家と郷土の発展に力を尽くす。
ここに郷党の有志相集い、先生を偲び碑を建立し、その功績を永く後世に伝える。

昭和56年7月28日
久留米市長 近見敏之敬書


武州鉄道事件

現職運輸大臣に2450万円の賄賂を贈って鉄道建設の認可を受けたという事件。
この疑獄ドラマの主人公は、スクラップ業で大儲けした滝島総一郎という43歳の男である。
この男は、国電中央線三鷹駅と埼玉県秩父市を結ぶ全長62.3キロにおよぶ鉄道建設に夢をはせ、その計画は50億3千万円を投下して昭和37年に着工、41年末には全線を開通し、連絡バス路線まで手をのばすという遠大なものだった。
しかしその実態はお粗末なものであったが、それでも運輸省当局は滝島に武州鉄道建設の免許を与えたところに武州事件の核心がある。
武鉄への免許は昭和36年7月11日、池田内閣の木暮運輸大臣になってからだが、その前の岸内閣の運輸相・楢橋渡のときに基本的には決まっていたと言っていい。
滝島から楢橋に渡った2450万円という鼻薬がたっぷり効いていたからである。
東京地検特捜部は滝島らを逮捕し、供述拒否にあうと、証拠湮滅で関係者をあいついで連行するという強気の捜査で、昭和36年9月20日、前運輸相・楢橋渡を逮捕、一気に核心に迫った。
逮捕者18人、起訴された者12人。
核心部の楢橋・滝島の贈収賄は、ともに3年の実刑(昭和41年2月15日東京地裁)という厳しいものだった。
楢橋は東京高裁で追徴金のワイロを9百万円に減額され、刑も懲役2年、執行猶予4年と減刑されたが、現職大臣在任中の犯罪で有罪になったのは戦後初めてのことであった。

(参考:山本祐司著『東京地検特捜部〜日本最強の捜査機関・その光と影』現代評論社・1980年初版)

(平成21年1月23日追記)




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