岡崎邦輔像 平成19年4月13日

岡崎邦輔 おかざき・くにすけ

嘉永6年3月15日(1853年4月12日)〜昭和11年(1936年)7月22日

※生年は嘉永7年(1854年)の説あり

和歌山県和歌山市・新町橋のたもとでお会いしました。


陸奥宗光の従弟。
明治24年(1891年)衆議院議員となり、第二次伊藤内閣と自由党の提携を図った。
自由党・憲政党・立憲政友会に属し、陸奥の死後は星亨ほし・とおるを助けて政界工作を行った。
政友会の幹部として、第一次護憲運動では立憲国民党の犬養毅、政友会の尾崎行雄と共に第三次内閣を激しく攻撃し、第二次護憲運動でも普通選挙法の成立に貢献した。
陸奥宗光の子分、星亨の懐刀、原敬の片腕として活躍。
政界の策士・寝業師として知られた。
昭和11年没。82歳。


岡崎晩香翁の像



岡崎晩香翁之像
(和歌山市・新町橋のたもと)

佐藤栄作・書



(平成19年4月13日)

碑文

晩香岡崎邦輔翁略歴

1.安政元年3月和歌山藩士長坂学弥二男として誕生後岡崎家を継ぐ陸奥宗光の従弟である
1.明治21年5月宗光特命全権公使として米国に赴任するや邦輔従って渡米しミシガン大学に学ぶ
1.同23年1月帰朝公私宗光を輔けて政界に活躍す
1.同24年宗光の後を受けて衆議院議員に当選宗光の没後星亨の智■としてその■密に参画す
1.明治31年憲政党内閣の倒壊33年の政友会の創設に参す
1.同33年10月星亨逓信大臣となるや邦輔逓信省官房長に任ぜらる
1.大正元年桂内閣に反対し犬養毅尾崎行雄らと憲政擁護運動を起して倒閣に邁進す
1.同13年1月清浦内閣に反対し政友同志革新三派をつらねて護憲運動を起し同13年所謂護憲内閣成立するや邦輔普通選挙法案の成立に尽力し同14年4月その発布を見るに至った
1.大正14年4月農林大臣に親任せらる
1.昭和3年普選法の実施を■として政界を隠退し貴族院議員に勅任せらる
尓来政友会長老として政党政治の発達に尽力した
尚此の間古河鉱業会社理事京阪電気鉄道大同電力新京阪鉄道等各重役京阪両会社々長となる
1.昭和11年7月22日 歿年83
正四位勲三等後に正二位勲二等に叙せらる
1.三重奈良和歌山三縣の綜合産業経済の開発は翁の多年懸案努力されたところ特に紀勢鉄道の計画は翁の創意により今や遂にその完成をみた
1.智略縦横なるも功名を欲せず終生帷幄の謀将たるに甘んじていた 資性洒脱 趣味に■み風流の遊を好んだ 晩香と称し国■に長じ往々秀逸があった

※ ■は判読不可の文字

新町橋たもとの小公園



新町橋たもとの小公園
(和歌山県和歌山市・南材木丁3あたり)





(平成19年4月13日)

外交評論家(元・駐タイ大使)の岡崎久彦氏は孫にあたる。


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