電纜敷設艇 大立 おおだて


電纜敷設艇大立慰霊之碑



佐世保防備隊所属
電纜敷設艇 大立慰霊之碑

(長崎県佐世保市・佐世保東山海軍墓地




(平成20年11月23日)

電纜敷設艇 大立の戦蹟

大立の任務は港湾重要海峡及び島々等の間を海底電線で結び機雷を敷設して敵艦艇の侵入を防ぎ又攻撃するその電纜と機雷敷設を目的とした千トンたらずの小艇でありました
昭和18年からジャワ・スマトラ・シンガポール・フィリピン等南方の各海域の重要地点の敷設作戦を終り最後に沖縄・奄美両諸島の敷設作業を終え母港に向け航行中不幸にも奄美大島西方2百マイルの地点において敵の大機動部隊の襲撃を受け大破沈没
艇長以下百余名の戦友はこの洋上において艇と運命を倶にされたのであります
ときに昭和20年3月27日午前10時30分
合掌

大立生存者 渡辺忠■

(碑文より)

電纜敷設艇大立慰霊之碑

初島型4隻の2番艇
昭和16年7月31日播磨造船所で竣工
同日付で佐世保を本籍とする

本艦の任務は、港湾、海峡などの沿岸要地の水中に九二式機雷を沈置し、機雷が敵潜水艦を探知したら陸上哨所から管制爆発させることにあった。
九二式機雷とは管制式音響機雷で、捕音器付の6個を一群としたものであった。
大東亜戦争開戦早々の12月8日、佐世保方面で電纜を敷設して哨戒に従事。
昭和18年4月以降は船団護衛を実施したが、6月以降再び電纜敷設作業にも従事した。
昭和20年3月25日、佐世保を出港して船団護衛中の27日午前10時30分、沖縄の北西において米艦載機の攻撃を受けて沈没。
地点は指宿の122度142浬。
戦没者は艇長以下100余名である。

(参考:社団法人 佐世保東山海軍墓地保存会発行 『佐世保東山海軍墓地 墓碑誌』 平成20年第3刷)


敷設艇
敷設艇は、敷設艦や急設網艦と同じ任務を持つが、大きさは半分ほどで、外洋作戦よりも港湾や基地の防備に使用。
戦時になると多くの敷設艦が必要となるが、その補助として、建造費の安価な敷設艇が建造された。

電纜敷設艇
敵潜水艦の侵入してきそうな海峡や港湾の入口に、炸薬500キロの九二式管制機雷(昭和7年採用)を設置する軍艦。
この機雷は、ブドウの房のように6個で1組となっており、水中聴音機も付いている。
機雷から海底電線(ケーブル)をひいて、陸上の見張所まで導く。
電纜でんらん敷設艇の前部船倉には、大きなリールに巻いた電線が詰まっており、艦首はクリッパー型となって、滑車が付いている。
艦はあともどりしながら、電線をひいて行く。
見張所が水中聴音機によって敵潜水艦の音を聴いたら、ボタンを押して機雷を爆発させる。

電纜敷設艇は「初島」「大立」「釣島つるしま」「立石」の4隻があった。
1560トン、2300馬力、14ノット、武装は8センチ高角砲1門。
「初島」クラスは重油不足のため、石炭だきのレシプロ機関。
4隻は横須賀、呉、佐世保、舞鶴に1隻づつ配置された。
「釣島」は戦後、電電公社の「釣島丸」となる。

(参考:『日本兵器総集』 月刊雑誌「丸」別冊 昭和52年発行)




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