大田洋子 おおた・ようこ

明治39年(1906年)11月20日〜昭和38年(1963年)12月10日


大田洋子文学碑 大田洋子文学碑
(広島市中区基町・中央公園)

少女たちは
天に焼かれる
天に焼かれる
と歌のように
叫びながら
歩いて行った

大田洋子
「屍の街」より

(平成22年5月1日)

碑文

作家大田洋子は 本名初子 1903年(明治36年)11月20日 広島県北に生まれる
進徳高女卒業後 小説「流離の岸」「櫻の國」により作家生活に入る
1945年8月6日 白島九軒町の妹宅に疎開中 原爆に被災
負傷して佐伯郡玖島の縁故をたどり避難 作品「屍の街」を書く
G・H・Qの報道管制きびしく 初版は 意を得ず 後日増補版により完成
以後「人間襤褸」「半人間」「夕凪の町と人と」などを発表
1955年頃より次第に心境小説的作風となり「八十歳」「八十四歳」など新境地を拓く
1963年12月10日 福島県猪苗代町中の沢温泉で取材中急逝
遺骨を広島市十日市町妙頂寺に葬る 享年六十
全国の知人有志 その文学を惜しみ核時代の平和の道標として之を建つ

1978年7月16日
大田洋子文学碑建立委員会

(銘板より)

広島市中央公園




広島市中央公園

(広島県広島市中区基町)





(平成22年5月1日)



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