洞窟内の「大発」

(ココポ道沿い)


平成21年(2009年)3月4日・第5日目

今日も早起き。
天気もいい。
ホテルのプライベートビーチに行き朝日を撮影することにする。

 (この写真・・・結構気に入ってるんですけど)

世の中には拙者と同じようなことを考える人もいるもので・・・・
プライベートビーチに美人の女の子が・・・
確か、昨日、ホテルで見かけたグループの一人。
大きなビデオカメラなどを持ち込んでいたドイツ語らしき言葉を話していたグループなので、何かの取材に来ているのかなと思っていたのだが・・・
そのグループの一人の女の子が、ビキニ姿に一眼レフを2台持って朝日をバチバチ撮っていた。
「ハ〜イ!グッドモーニング!」と挨拶したはいいが・・・・そこから先の言葉が出て来ない。
英語が話せないというのは全くもって情けない話である。
この朝日が昇りつつあるロマンチックで美しい浜辺に君と僕の二人だけ・・・・
これも何かの縁・・・・と・・・・言いたいのだが・・・・(笑)
ドイツ語はもちろんのこと英語も話せないから彼女と話ができない。
情ない話である。(笑)

朝食をとり・・・・そろそろ出発しますかぁ〜。
「今日はどこへ行くの?」と先生に尋ねられるが、私が知るわけがない。(笑)
日程表にある当初の計画は滅茶苦茶である。
ガイドのサミエル君の案内に従って行くしかないでしょう。
午前9時・・・出発!
サミエル君に尋ねたら、今日はラバウル方面に行くという。

 (噴火している「花吹山」)

ココポ道 ココポからラバウルに向かう「ココポ道」
火山灰に埋まった幹線道路である。

ココポからラバウルへ向かう途中の海岸線に大きな横穴がある。
ちょうど湾になっているところ・・・・
サミエル君の話によれば、これは海から陸揚げした物資を保管した横穴らしい。

横穴の入り口
高さ3m弱、幅4m強といったところか。
横穴の内部
内部から外を見る 隣りに更に2つの横穴がある。

物資の一時保管壕というより、舟艇とかの格納庫のような気もするのだが・・・
横穴が3つ並んでいるが、横で繋がるようなトンネルは無い。
ということは、人がここに入るというより、何かの格納庫という感じである。

3つの横穴のうちの真ん中の横穴の内部

中に金色に輝く藻のようなものが・・・
なんとも気味が悪い。
光の当たり具合で黄金色に光って見えたり見えなかったり。
これは「ヒカリゴケ」なのだろうか?

このすぐ近くが、噴煙をあげている「花咲山」の撮影ポイントだとサミエル君が言うので、ここで火山の写真を撮る。

「BLUE LAGOON LOOK OUT」と呼ばれる場所から撮影・・・・
だが、私はへそ曲がりなので・・・(笑)、少し外れた場所からわざと撮影する。
サミエル君が唖然としていたが・・・・
だって、指定された場所で撮影したら、他のみんなと同じ写真になっちゃうでしょ?
撮影ポイントは自分で探すほうが楽しくない?

ふと、目の前の海の中を見ると・・・・
小魚がウヨウヨ・・・・

ここから更にラバウルへ向う途中、少し内陸部に入ったところに洞窟があるという。
サミエル君の話では、その洞窟に日本軍のボートがあるという。
あ〜それは「大発」だ!
「大発(だいはつ)」は「大発動艇(だいはつどうてい)」といい、日本陸軍の上陸用舟艇である。
日本国内で現存するものはないと思う。
ここ、ラバウルにしか残っていないのではなかろうか?
私はこの「大発の洞窟」は海岸の波打ち際の崖下にでもあるのかと思っていたのだが・・・
洞窟は私の想像とは違ってかなり海岸から離れた崖下にあった。

この洞窟を掘ったのは独立海上機動第1大隊と船舶工兵第12連隊だったと思うので、ここにある「大発」はそれらの部隊のものだろうか?

洞窟の中は真っ暗・・・・
蛍光灯が設置されているが、所有者の話によると燃料がないから電気がつけられないという。
なんだよ・・・その言い訳・・・・(笑)
真っ暗ではうまく撮影できない。
洞窟はかなり奥まであり、話によると5隻の「大発」が中にあるというが、私が持参してきたペンライトでは、周囲を照らしてもよく見えない。
ストロボも奥までは届かない。
だめだ・・・もっと本格的な照明器具を持ってこないと・・・・
それより、ここの親父が電気をつけりゃ話は簡単なんだよね。(笑)
奥の方にあるのは「大発」より、ちょっと小型なような気もするのだが・・・・
洞窟の内部の「大発」は、かなり錆びてボロボロになってはいたが、それでも原形を留めている。
こりゃ、お宝である!
綺麗な写真が撮れないのが残念!

この洞窟のすぐ脇に、埋もれてしまっているような洞窟跡らしきものがあった。
話によると、ここにも洞窟があったらしい。
ということは・・・もしかしたら、この中にも何隻かの「大発」が埋もれているかもしれない。
う〜ん・・・・掘ってみたいものだ。

洞窟があったと言われている場所。

続いて向かったのが、地震観測所。(火山観測所?)
山の頂上にある、何かの観測所らしい。(笑)
サミエル君の説明がよくわからない。
「ここは戦跡か?」の問いに「さぁ〜?景色がいいんですよ!」との答え。
おい、おい、我々は戦跡訪問に来ているんですけど・・・

正確には・・・地震観測所?火山観測所?

この地域は戦前はオーストラリア領だったが、オーストラリアはラバウルの火山と地震の観測を全くしていなかった。
日本軍がラバウルに進出した時に、学術的にも重要だとして、昭和17年にここに火山観測所を設置。
日本から若い技師を送り込んで火山と地震の観測をおこなったのである。
当時の軍には学術的なことにも理解を示す偉い人がいたのである。
その時に使用された建物は、丘の上にあるオーストラリア人か誰かの邸宅だったと思う。
そこに観測所を設置したが、昭和18年に空襲で建物が破壊されたため観測所は洞窟内に移転した。
終戦時には機材を完璧に整備して進駐してきたオーストラリア軍に引き渡したのである。
それが、現在の火山観測所の基礎となっているはずなのだが・・・・
その当時の場所がここなのかどうか・・・・それを知りたかったのだが・・・・サミエル君には全然わからないらしい。
う〜ん・・・残念だぁ〜

 「ラバウル丘」(?)から見た景色

確かに・・・ラバウルの町が一望に見渡せる。
中央がラバウル湾(シンプソン湾)。
手前が旧ラバウル市街地で、火山灰に埋もれた上に家が建ち始めている。
島民の殆どはココポという町に移動したというが、それでもいくらかは人が住んでいるらしい。
中央の噴煙をあげているのが日本名「花吹山」・・・1994年に大爆発を起こしラバウルの街は火山灰に埋もれた。
ズズ〜ン!ズズ〜ン!と定期的に噴火を繰り返している。
その山の左が日本名「妹山」。
その左・・・ひときわ大きく見える山・・・これが多分、日本名「伯母山」だろう。

写真の右端、湾の右側のお椀を逆さにしたような山が日本名「西吹山」。
1937年に噴火したのが最後で、今はおとなしくしている。
となると・・・・私がいる場所は・・・日本名「姉山」ということになるか?
後ろを振り返ると高い山がそびえていた。
ん?これが「姉山」か?

 姉山(?)

この姉山の山麓内には洞窟陣地があったはずである。
南東方面艦隊司令部の指揮所・・・・・
しかし、サミエル君に尋ねても、どうも彼はそれがどこにあるのかわからないらしい。
で・・・ここは?
姉山の尾根伝いの丘の頂上ということになるらしい。

この「姉山」の洞窟に艦隊司令部が移転してきたのは昭和19年の3月。
その洞窟は「金剛洞」と呼ばれ、終戦まで司令部員約1千名が生活していたというから、かなり大きな洞窟陣地だったと思われる。
にもかかわらず・・・・ガイドは、それがどこにあるのか知らないという。
こうなるとお手上げだ。
この山のどこかにあることは確かなのだが・・・・

時刻はお昼・・・・
旧ラバウル市街地に下りてホテルのレストランで昼食を取ることにする。


 


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