陸軍航空特別攻撃隊


第42振武隊


編成担任は明野飛行学校。
使用機種は旧式の九七式戦闘機(12機)
昭和20年2月14日編成完結。
発進地は喜界島〜知覧
突入した隊員は9名。

出撃月日 突入場所 氏名 階級等
昭和20年4月8日 沖縄周辺洋上 牛島 久男 少尉(特別操縦見習士官1期生)
尾久 義周 少尉(特別操縦見習士官1期生
仙波 久男 少尉(特別操縦見習士官1期生)
松沢 平一 少尉(特別操縦見習士官1期生)
昭和20年4月9日 沖縄周辺洋上 猫橋 芳朗 少尉(陸軍航空士官学校57期生)
近藤 幸雄 少尉(特別操縦見習士官1期生)
馬場 洋 少尉(特別操縦見習士官1期生)
昭和20年4月16日 沖縄周辺洋上 篠田 庸正 少尉(特別操縦見習士官1期生)
昭和20年5月4日 沖縄本島付近 岩崎 辰雄 少尉(特別操縦見習士官1期生)

(参考:生田惇 著『陸軍航空特別攻撃隊史』 昭和52年12月発行 ビジネス社)






誠忠院釋芳耀居士
猫橋芳朗の墓
(大分県中津市新魚町・自性寺)



(平成23年2月11日)

故陸軍大尉正七位勲五等功三級 猫橋芳朗

昭和20年4月9日戦死 行年23才
大東亜戦争に参加し昭和20年2月11日特別攻撃隊第42振武隊隊長を命ぜられ部下9名と共に4月9日沖縄島周辺の敵艦隊に突入す

辞世  畏くも賜名に栄ゆ我か隊は
         四ニて振武の名おは留めん

昭和11年4月元山公立中学校入学
仝13年4月広島陸軍幼年学校入校
仝16年4月陸軍予科士官学校入校
仝17年7月陸軍航空士官学校入校
仝19年3月同校卒業
仝19年7月陸軍少尉任官
仝20年4月任陸軍大尉

昭和33年5月建之  母トミヲ

(碑文より)


猫橋芳朗

陸軍航空士官学校第57期生
昭和20年4月9日、17時40分、喜界島より近藤幸雄少尉、馬場洋少尉とともに出撃。
同時に第68振武隊(九七式戦闘機)の山口恰一少尉(陸軍士官学校57期生・佐賀県出身)も喜界島から出撃している。
また、同じ日に石垣島から薄暮に出撃し、沖縄の中城湾に突入した飛行第105戦隊(三式戦闘機「疾風」)の内藤善次少尉(中尉の説あり)(陸軍航空士官学校56期生)がいる。

(参考:生田惇 著『陸軍航空特別攻撃隊史』 昭和52年12月発行 ビジネス社)




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