山砲兵第15連隊

(通称号:国4907部隊)

編成地 編成時期 終戦時の上級部隊 終戦時の所在地
満州・石門子 昭和15年 第25師団 宮崎県・小林

独立山砲兵第12連隊を基幹に編成。
東満の防衛につく。
昭和20年4月、本土決戦に備え宮崎に移転し終戦を迎える。






山砲兵第15聯隊(871部隊)関係者 慰霊之碑

(和歌山県伊都郡高野町・高野山奥の院)




(平成21年4月9日)

聯隊史

昭和10年2月
独立山砲兵第12大隊として大隊本部及び第1中隊を善通寺山砲にて第2中隊を高田山砲に於て編制され創設
大隊長に砲兵少佐谷口春治着任し 熱河省承徳並に古北口に駐留
昭和10年5月
北支に出動
昭和11年8月
大隊長に砲兵中佐塚本善太郎着任
昭和12年3月
独立山砲兵第12聯隊と改称 3ヶ中隊編制となり聯隊長に砲兵中佐塚本善太郎大隊長昇格
昭和12年6月
対ソ状勢悪化の為 孫呉に出動
昭和12年7月
孫呉より帰還 支那事変勃発の為北支に出動
昭和13年1月
関東軍司令官の直轄となり承徳に帰還
聯隊長に砲兵中佐河野省三着任
昭和13年3月
延吉に移駐
昭和13年6月
二道崗に移駐
昭和13年11月
石門子に移駐
昭和14年8月
聯隊長に砲兵中佐村上巖男着任
ノモンハン事変に自動車編制にて砲5門にて出動するも
昭和14年9月
停戦となり交戦せず帰還
昭和15年8月
山砲兵第15聯隊と改称 初代聯隊長砲兵中佐村上巖男
第25師団隷下の師団砲兵として奉天省海城に移駐
昭和15年12月
3ヶ大隊 10ヶ中隊(観測中隊を含む)編制となり  林口に移駐
昭和16年4月
関特演発令され増員となり将校以下3477名 馬匹1830頭 砲36門の編制となる
昭和16年7月
独ソ開戦により 2ヶ中隊を平陽に1ヶ中隊を滴道に派遣
昭和16年11月
平陽及び滴道の派遣中隊は原隊に復帰
第3大隊は滴道に移駐
昭和16年12月
聯隊段列大隊段列を編制に入れらる
昭和17年11月
第3大隊主力を半截河に移駐
昭和19年1月
第3大隊主力を尚志屯三省屯に移駐
昭和19年7月
第3大隊全体を三省屯に集結
聯隊長に陸軍大佐原捷吉着任
昭和20年3月
動員命令により各隊は各駐屯地出発
昭和20年4月
本土防衛の為 宮崎県小林町に移駐
昭和20年8月
終戦
昭和20年10月
復員命令により 駐屯地小林町にて解散

(碑文より)



 トップページに戻る   陸海軍部隊リストに戻る

SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO