佐竹義堯像 平成14年10月5日

佐竹義堯 さたけよしたか

文政8年7月27日(1825年9月9日)〜明治17(1884年)10月23日

秋田県秋田市 久保田城内でお会いしました。


中村藩主・相馬益胤の子として生まれますが、秋田新田藩佐竹義純の養氏となり、同藩主となりました。
安政4年(1857年)には更に宗家を継ぎました。
戊辰[ぼしん]戦争では、藩内の平田学派の若い藩士層が実権を握り、新政府軍に協力して鶴岡藩兵と戦いました。
廃藩置県後は東京に移住し、後に侯爵となりました。


銅像の碑文

近代秋田を開いた秋田藩最後の12代藩主佐竹義堯公を敬慕する旧家臣が中心になり 戊辰の役後50年にあたる大正4年(1915)公の銅像をここに建立した。
遺憾ながらこの銅像は太平洋戦争のさなか 国の金属回収策のためその姿を消してしまった。
市民有志はこれを惜しみ 昭和28年(1953) 旧銅像の原型として残されていた小型像を奉安してわずかに往時を偲んでいた
このたび市制百周年(1989)を迎え その記念事業として完全なる姿では往年の義堯公銅像に復元したものである。

平成元年7月12日
秋田市長 高田景次


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佐竹氏



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