島田虎之助 しまだ・とらのすけ

文化11年(1814年)〜嘉永5年9月16日(1852年10月28日)





「剣豪島田虎之助誕生之地」碑

(大分県中津市・JR中津駅前)

鹿島神傳十四代
島田直心影流
島田虎之助直親


(平成23年2月11日)





島田虎之助生誕地
(大分県中津市・JR中津駅前)




(平成23年2月11日)

島田虎之助の墓



島田虎之助の墓

(東京都台東区松が谷・正定寺)





(平成19年12月28日)

島田虎之助の墓

台東区松が谷2丁目1番2号 正定寺

虎之助は直心影流島田派の剣客。
文化11年(1814)に豊前国中津(現大分県中津市)藩士、島田一郎右衛門親房の子として生まれた。
10歳頃から、中津藩剣術師範掘十郎左衛門の道場で学んだ。
上達が早く数年後には、藩内で相手になる者はいなかったという。
16歳の春および翌年には九州一円を武者修行し名声をあげた。
天保9年(1838)に江戸へ出て、男谷精一郎の内弟子となった。
一年余で、師範免許を受け、男谷道場の師範代を勤める。
同14年、東北方面に武者修行の後、浅草新堀で道場を開く。
その道場には、勝麟太郎(のちの海舟)も通った。
虎之助は男谷に次ぐ幕末の剣豪といわれたが、嘉永5年(1852)9月16日に39歳で病没。
墓碑には「余、哀歎ほとんど一臂を失うごとし」と男谷精一郎の銘文が刻まれている。

平成15年3月
台東区教育委員会

(説明板より)

正定寺



正定寺
(東京都台東区松が谷2−1−2)





(平成19年12月28日)



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