島崎七郎像 平成19年1月12日

島崎七郎 しまざき・しちろう

東京都目黒区・祐天寺でお会いしました。


島崎七郎像



島崎七郎翁之像
(東京都目黒区・祐天寺)





(平成19年1月12日)

島崎七郎先生胸像記

島崎七郎先生は明治15年12月16日東京府荏原郡目黒村大字上目黒字田切2424に生を享けた
生家は目黒在住四百年を誇る旧家で厳父忠左衛門氏は青年時より百姓総代村長等の要職を歴任して明治新政下の村長を指導した郷土愛と優れた政治力はそのまま先生に継承され大正8年荏原郡会議員当選後村長区と変遷する目黒の議員として活躍し出でて東京府市都議会議員になって四十余年の永きを目黒区発展のため盡した功労は天聞に達し昭和25年藍綬褒章を授与された
ここに有志一同先生の胸像を建てるに当りその功労の一端を記して永く顕彰する次第である

昭和34年11月
安井誠一郎 撰
中村英正 書

(銘板碑文より)

頌徳碑

島崎七郎翁ハ資性豪毅ニシテ才智アリ長ズルニ及ビ政治ヲ志シ議員タルコト實ニ四十有餘年遂ニ目黒政界ニ巨擘トナル當區發展ニ盡サレシ大功勞者ナリ尚其ノ間當山檀信徒総代トシテ克ク四■ニ亘ル住職ヲ補佐シ寺門興隆ニ盡力セラル其ノ功亦洪大ナリ今茲ニ檀信徒有志ノ浄財ヲ募リ協讃會ト協力シテ壽像ヲ建立シ翁ノ徳ヲ讃エ功ヲ永ク傳エントスルモノナリ

昭和34年12月16日
祐天寺第二十世貫譽勝雄

(碑文より)


祐天寺




祐天寺

(東京都目黒区中目黒5−24−53)





(平成19年1月12日)

祐天寺ゆうてんじ(浄土宗)

祐天寺は、享保3年(1718)祐天上人を開山と仰ぎその高弟祐海上人が創建した寺院です。
当時新しい寺院の建立は幕府の厳しい制約があって困難でしたが、祐天上人のかねてからの強い希望と、祐海上人の大変な努力によって、享保8年「明顕山祐天寺」の寺号が許されました。
以来、将軍吉宗の浄財喜捨や特別の保護を受けるなど、徳川家と因縁のある寺として栄えてきました。
本堂には、「木造祐天上人坐像」が安置されています。
この尊像は、将軍綱吉の息女松姫の寄進で、享保4年大仏師法橋石見ほっきょういわみの名作です(都指定文化財)。
また、祐天寺第二世「祐海上人の木造坐像」(区指定文化財)等が安置されています。
本寺所蔵の「般若心経」1巻、「紺紙金字こんしきんじ法華経巻第三」1巻、(ともに都指定文化財)の2点は類例の少ない逸品です。
なお、境内には、将軍綱吉息女竹姫寄進の「仁王門」(区指定文化財)および阿弥陀堂や稲荷堂、将軍家宣夫人天英院寄進の梵鐘と鐘楼、地蔵堂など江戸時代の遺構を伝える建造物のほか、江戸消防ゆかりのもの、かさね供養塚などがあります。
墓地には、「祐天上人の墓」(都旧跡指定)や柳原愛子やなぎはらなるこ(大正天皇生母)の墓等の名墓及び「白子組並びに灘目の海難供養碑」(ともに区指定文化財)などがあります。

平成3年3月
目黒区教育委員会

(説明板より)



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