白川城 しらかわじょう

(福島県白河市藤沢)


白川城跡 平成15年7月5日訪問

福島県指定史跡 白川城跡(附)感忠銘碑

昭和28年10月1日指定
所在地:白河市藤沢18番地ほか
所有者:白河市ほか
面積:1,923,966平方メートル

白川城は、白河市街の東方、阿武隈川の川筋を南から一望できる丘陵につくられました。
御本城山[ごほんじょうやま](館山)と呼ばれる山頂の平坦部は空濠[からぼり]と土塁で守られた白川城の中心部にあたり、この周辺に防御のためにつくられたたくさんの平坦地や土塁がひろがっています。
源頼朝による奥州合戦の結果、白川庄の地頭となった結城[ゆうき]白川氏は、この城を本拠地として北関東から奥州にかけて活躍しました。
特に、南北朝時代には宗広[むねひろ]・親光[ちかみつ]父子が南朝(吉野方)の中心的存在として奥州軍を率いて京都周辺まで二度も遠征し、北朝方の足利尊氏軍と戦いました。
江戸時代になって、内山重濃[しげたね]が宗広・親光父子の業績を伝えるために、白河城主松平定信の、撰んだ「感忠銘」の三文字と、当時の白河藩最高の学者であった広瀬典[ひろせてん]の文章を城跡の北東部分に断崖に彫ったものが「感忠銘碑」です。

保存上注意すべき事項
指定地及びその周辺で行う行為については、福島県教育委員会の許可が必要な場合がありますので、白河市教育委員会に事前に連絡してください。
特に、住宅新築や土木工事など現状を変える行為については、福島県教育委員会の許可が必要です。

福島県教育委員会

(説明板より)

城跡 城跡の頂上の平坦部分
城跡 頂上の裏手をグルリと廻って降りた地点
「為 結城宗廣公 六百年忌 追善供養」の塔 供養塔

訪問記

舗装された道路脇に「白川城址入口」の碑がありますが、うっかり見逃してしまい通過。
慌ててUターンしてここから車で上っていきましたが・・・
途中、フト不安に。山城を車を運転して訪ねるときは、いつもこうです。道がちょっと狭い・・・・
「白川城址」の碑があるところは少し広くなっていて駐車可能でしたので助かりました。
城址は何がなんだかよくわかりませんでした。
素人でもわかるように「本丸跡」とか「二の丸跡」というような説明板があるといいんですけどねぇ。

(平成15年7月5日訪問)


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